酔狂カデンツァ | ナノ


▼ 損傷箇所特定不可

「こんだけ診察投薬手術やってる人間に『医者か』とか世界で一番馬鹿な質問だろ」
「うっせえ!!」

と、こんな感じで威勢は良いものの、やはり中毒症状で弱っているらしいローのレントゲンやら胃カメラやらの検査をしたキリエは、幼い少年の寿命を『もって1ヶ月』と断言した。

「血液も内臓も汚れすぎてる。骨は無事みたいだが、これだけ汚染されてりゃ透析も追いつかん。寧ろよく此処まで生きながらえたよ。皮膚にまで異物がしみ出してるってのにな。内臓から血液から全部そう取っ替えするか、全部取り出して丸洗いして戻すかしなきゃどうにもならん」

きっぱり言い切ったキリエの残酷さに、しかしローは動じなかった。

「俺の家も医者なんだ。父の診断書をこっそり見た」
「……そっか」

この年にしてはやけに頭の良い子供のことだ。きっと隠していたものを盗み見たのだろう。そして、幸か不幸か、それを理解するだけの智慧と知識もあったに違いない。哀れなことだとは思ったが、キリエはそれを口には出さなかった。
キリエはちらりと、側のベッドで眠る大男を見る。

「あのデカブツとはどういう関係だ?」

見るからにチンピラのような、そして明らかに堅気でもなさそうな様子の男と、多少口も態度も悪いとはいえ、病気の子供。一見して接点などなさそうなものだがとキリエが首をかしげると、ローは泣き笑いに似た表情を浮かべる。

「コラさんは俺を助けようとしてくれたんだ。自棄になってた俺のために泣いてくれた……。それに、俺のために1人で海賊のアジトに乗り込んで、オペオペの実……を……」
「あ、何? 何つった今?」
「っ……!」

どうやら聞いてはいけない単語だったらしい。そもそも耳慣れない単語であるのと、途中で口を噤まれたせいでイマイチ聞き取れなかった。しかしローは、キリエが聞き返したのを聞いてあからさまに安堵して見せた。そしてこれ以上は何も言わないとばかりに、「何でもねーよ」とそっぽを向く。

「生意気なおガキ様め!」
「いってえ!!」

脳天にチョップ。悲鳴を上げた後、「この藪医者!」と睨み付けてくるのが本当に憎らしい。睨み付けたいのはこっちだとばかりに、キリエは溜息を吐く。警戒するのはわかるが、こちとら医者で、それも未知の病を相手にしているのだ。この情報の出し惜しみが命を縮めるかも知れないというのに、まるで手負いの獣のように、ローは一定以上キリエを近づけようとしない。

「ったく……」

せめて、この寝こけて数日のデカブツが起きてくれれば話も通じるかも知れないが。少なくとも昏睡3日目に突入した大男は、腕の点滴から注入される栄養で何とか今生きている状態だ。胃腸の機能も弱っているだろうし、そろそろ起きて貰わないと厄介なことになる。

「飯にするか……」

などと考えていたら、苛立ちと焦りも相俟って空腹が襲ってきた。ふてぶてしい態度のローは相変わらずで、「パン使うなよ」と生意気なリクエストをしてきた。どうやら彼は生粋の米派らしい。幼いのに渋いことだ……いや、そうでもないか。

「米は良いけどお前も胃腸弱ってるからおかゆな」
「はァ!? またかよ!」
「あとすり下ろし林檎と。そういや、食間には水飲んだだろーな」
「飲んでるっつの!」
「ほんとか? 1日1リットルだぞ」
「飲んでる!!」

嫌がったものの尿検査もしてみた結果、僅かずつではあるが、珀鉛は汗や排泄物から排出されていることは分かっていた。基本的に腎臓というのは、体内に水分がある方が正常に働くものである(例外はあるが)。そのため、焼け石に水程度の効果かも知れないが、キリエはことある毎にローに水を飲ませている。
いざとなれば、主な消化器系を丸ごと移植するしかないか。しかし、この年頃の子供の臓器というだけでも手に入りにくいのに、それがほぼ一揃いとなると更に難しい。となればやはり一旦取り出した後の洗浄か。しかし当然一度には出来ないから負担は凄まじいし、人工の臓器をは単純に値段が張る。そして違法のものとなれば、値段は法外だ。

「? おいお前、どうした?」

立ち上がったまま難しく考え込んでしまったらしい。ローが訝しげな顔をして仰いできていた。隈の濃い眼は、此処に入院してからもちっとも治らない。

「……何でも無い」

兎に角、今は食事の支度をしよう。首をゆるりとふったキリエが、「安静にしろよ」とローに言い置いて出ていこうとした、そのとき。

「……ロー……?」

酷く掠れて弱々しい、そして聞き慣れぬ声が、不思議なくらいに部屋中に響いて融けた。

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