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それっぽくはない形
結婚。婚姻。マリッジ。
まあ呼び方は何でも良いし、言語にも拘らない。要は男と女が将来を誓って、同じファミリーネームを名乗ったり名乗らなかったりして、家族として契約を結ぶこと。
内心憧れてはいながらも、多分私には無理なんだろうなと漠然と思っていたそれ。子供染みたその憧憬が思いがけず叶ってしまった今も、あたしはイマイチその実感が持てないでいる。というのも、

「よォ、しけた顔してんな」
「……」

相も変わらず、どんぶらこっこと船の上。珍しく紫外線も気にせずぼーっとひなたぼっこしてたあたしを上から覗き込むのは、世間を騒がせる海賊『死の外科医』……トラファルガー・ロー。
……つい先日、あたしがファミリーネームを貰ってしまった男だ。つまり、

「何か用?」
「あ? 用がなきゃ話しかけちゃ駄目だの言う気か?」
「……さあね」
「ハッ、つれねェな」

にやん、と性格の悪い猫みたいな雰囲気を醸して笑う、この男、

「ついこないだ旦那になった相手にくらい、もっと甘くても良いだろ?」

どういうわけか、時々、あたし自身全然わかんなくなるんだけど! だけど!!
こいつ自身の言う通り、あたしの、その……だ、だ、ダンナ様、ってことになる、の、よね……うん。

「いちいち強調してんじゃねーわよ、この変態」
「あァ?」

内心そういう単語出される度に心臓ばっくばくしてるあたしだけど、流石に毎度毎度こうやってからかわれてれば、表面的にでも取り繕うことは出来る。元々交渉とはったりにはバッチリ強い母ちゃんの娘だ、このくらいの腹芸なんてこと無い。

「誰が変態だ、四六時中盛る猿みたいに人を言うんじゃねーよ」
「事実似たようなモンじゃないのよ。今だってね」
「何処がだ? 自分の嫁口説いてるだけだろ?」
「この真っ昼間から? ふざけんのも大概にしなさいよ変態」

何でこいつ本当発言がイチイチ危ういわけ? 意図してんのかそうじゃないのかわかりにくいってのか絶対意図してんのにまるでこっちが悪いみたいな言い方すんのが腹立つのよまったく!

「何ならお望み通り真っ昼間からおっ始めるか?」
「ハッ倒すわよ変態」

ていうか一発ぶっ放してやってもいいんだけど。

「変態やめろ。つーか名前」
「何よ」

睨み合うっていうか、あたしが一方的にガン付けてるだけって、分かったのはこいつと所謂こ、恋人関係になるもっと前だった。こいつ、目の下の隈もひどい上に目つき自体が元々悪いから、普通にしてても睨んでるみたいなのよね。つまり睨んでるのはあたしだけ。これに気づいたその瞬間物凄い敗北感みたいなものを感じたから、あたしはもうこのことには意図して気づかないふりをしている。

「お前、照れると語彙力低くなるよなァ」

……。

「ンの、ド変態ぃ……!!」

嗚呼もう、認めたようなモンじゃないのよ。ばっかじゃないの、あたし。

「何だ、もう終わりか?」
「……うるっさい」

あーもう、駄目、ホント駄目。何であたしこいつには口で勝てないんだろ。いや、勝てないわけじゃない。まるで勝てないっていうんじゃない。でも何ていうか、こういう文脈であたしが勝てた試しが無い。本気で無い。
……惚れた弱み? ああもう、全然あたしらしくないっての!!

「クッ」

トラファルガーが喉の奥で笑った。この男は本当に趣味が悪い上にサディストだ。あたしを虐めて何が楽しい。え、あたし? 全然違うでしょ、あたしは盗賊いぢめが好きなだけ。

「……」

肩越しに振り返れば案の定、実にご機嫌な顔をしたトラファルガーが、如何にも悪人ですと言わんばかりの悪い笑みを浮かべていた。口元に手をやってくつくつ笑っている様が何とも言えず憎らしい。
ていうかこいつ、本当無駄に色気があるから嫌だ。ただ笑ってるだけなのに何かやらしーモンを見ているような気になる。こっちは居たたまれないったらない。少しは自重しなさいっての。

「ほんっとヤな奴よね、あんた」

……ほんっと。
何であたしってばこいつと今夫婦なんぞやってるのかしらね。なんて、既に何度目かもわかんないよーなことをまた考えちゃう。
好きになったから、ってのは、悔しいけど間違いない。あたしがそうと自覚する前からヤキモチやらトキメキらしいものは(小っ恥ずかしいけど)あったし、今もそう。ぎゃあぎゃあ口喧嘩するのだって嫌いじゃないし(負けると本気で腹立つけど)、うんざりしたりすることはあっても別れようと思ったことは一回もない。

「お前も本当に素直じゃねェよな」

でもそれは多分、トラファルガーも似たようなモンだろう。あたしはあたしで決して夫を立てるような人間じゃないし、言動が自分本位で理不尽なのもよく知ってる。直す気は無いからある意味救いようがないだろう。可愛げだって別にない。まあ悪くない顔立ちではあるけど。なんちゃって。

「失礼ね、あたしはいつでも自分に正直よ」
「あァ、そうだな。その調子でもう少し俺にも正直になれよ」
「十分過ぎるほど正直に振る舞ってるっつーの。ってちょっと待って、何よこの手は」

しまった油断した。なんて思う間もなく、手持ち無沙汰にしてた左手を取られる。あ、ちょっと何勝手に触ってんのよ撫でるななぞるな握るな、やらしいのよ触り方がさあ!!

「……何だっつってんでしょ」

うがー! と叫びたくなるのを何とか押し殺してるのも、奴には多分バレバレなんだろう。さっきから背後で忍び笑いが止まらない。トラファルガーあんた本当にムカツク。3日くらい箪笥の角に小指をぶつけ続ける呪いとかに罹ればいいのに。そしたらその都度見つけて指さして笑ってやる。

「大したことじゃねェよ」
「じゃあ離して」
「お断りだ」
「ふざけてんの?」
「残念、大真面目だ」

破廉恥な方向に? ……やめとこ、何か聞いたら後悔するような気がする。主に貞操的な意味で、いやまあ、うん、今更ではあるんだけどね。

「いいモンだな」
「は?」

つつつーっとやっぱり妙にやらしい手つきでトラファルガーが撫でたのは、あたしの薬指、その付け根の部分。
この男から貰った、『証』が嵌まっている場所と、それそのもの。

「ぴったりだったな」

満足げなトラファルガーに、まあね、とだけ返す。母ちゃんよりは大きい、だけど父ちゃんに比べたらよっぽど小さいあたしの手は、それでも剣を握るから胝もあるし傷もある。だけど男に比べたら全く骨張っていないそこに、夏日に負けない金色のリングが嵌まっている。
……なんてことない、結婚指輪ってやつだ。言わせないで流石に恥ずかしい。いや、この場合あたしが勝手に言ったことになるんだろうか。

「てゆーか、サイズ違ってたら流石にカッコつかないでしょ」

1000歩譲って大きめならまだしも、小さかったら本当洒落にならない。っていうかそれだとあたしの手がデカイっていうか指が太いみたいだし。実際そんなシチュエーションになったらこの無駄に綺麗な顔面をグーでぶん殴る自信がある。

「俺がそんなミスすると思うか?」
「しそうにないから逆に怖いんだけど」

何が面白いのか、ご機嫌であたしの手を弄るトラファルガーの左手にも、同じデザインのリングが嵌まっている。戦闘中や治療中はいつの間にか外されているものの、気がついたらやっぱりいつの間にか嵌められていることが多い。
一体何処にしまってるのか不明なんだけど、全くなくす気配がないのは何でなんだろうか。寧ろ一応普段気をつけて持っているあたしの方が何かの拍子に落としそうでならない。……やらないと思うけど。

「っ、ちょ……!」

手慰みに弄られていた左手の平に、軽いキスが落とされた。ヒヤリとした唇の感覚がリアルに伝わってきて、背中がぞくりと震える。慌てて左手を奴から解放させると、多分あたしが真っ赤になったのが面白かったんだろう、トラファルガーはまたあの性格の悪そうな笑みを向けてきた。本当に油断がならない。

「逃げんなよ、名前」
「……逃げたくなるようなことするのが悪いんでしょ」
「馬鹿言ってんなよ」

若干低くなった声に高まる危機感。慌てて逃げようとしたものの、いつの間にか反対の手でがっしりと腰を掴まれていた。ジーザス。

「さっきも言ったけどよ」
「ぅひっ」

ふう、と耳に息を吹きかけられて、背筋が震える。

「自分の嫁を口説いてんだ、それの何が悪いって?」

真っ昼間から何てことをと言わせんばかりの色気満点な顔で笑う、ムカツクほどの美形。
とどめとばかりひっくい声で囁かれたあたしは、軽い肘鉄を最後の抵抗に、とうとう白旗を揚げるしか無かった。

「イイコだ、名前」

恋人になる前もなった後も、あまつさえ夫婦になった今もこんな調子。あんまり他の例なんか知らないけど、これって新婚の空気ってよりただのバカップルじゃないのかって真面目に考えざるを得ない。
……まあ、あたしだって結局この関係とやりとりを許容している以上、結局同罪に他ならないんだろうけどね。

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