カレンデュラは日没に微笑う | ナノ
▼ ミセバヤ

地獄が首都、獄都。その一角に立つ大正浪漫を彷彿とさせる洋館は、『特務室』という少々特殊な獄卒達の住まいであり、職場である。そこには当の獄卒達を除けば、通いの家政婦達くらいしか基本的に出入りはない。時折閻魔庁から使いの者達が来る程度で、その使いの達も、館から獄卒を呼びつけることはあっても、自ら訪ねることは滅多に無い。

「あれ、琥珀?」

しかしそんな獄卒の館に、つい1ヶ月ほど前から新顔が増えた。新顔とはいっても、彼女は獄卒ではない。かといって家政婦でもなければ、何か他に職務を負っているわけでもない。その証拠に、彼女が身に纏っているのは国防色の制服ではなく、また他の家政婦達のような動きやすい普段着でもなかった。

「田噛を待ってるの?」

黒地に赤や黄色の蝶と花が描かれた、艶やかな仕立ての振り袖を着た幼子。一見して座敷童と見まごうような見た目の少女が、佐疫の言葉に首を縦に振る。長い睫毛に縁取られた、円らな瞳が佐疫を見返す。あまりにも真っ直ぐなその視線に、佐疫の頬に苦笑いが浮かぶ。

「もうすぐ帰ってくるよ、さっき連絡があったらしいからね」

連絡してきたのは平腹だけど。そう続けた佐疫が、そっと少女を手招く。少女は少し躊躇う素振りを見せたが、やがてゆっくりと彼の方へと近づいて来た。

「はい、これ。田噛から預かってたんだ」

そっと彼の手が差し出したのは、可愛らしい薔薇の形をした砂糖菓子だった。食べてしまうのが勿体ないくらいに繊細なつくりをした、淡い桃色の薔薇。しかし少女はその形を愛でることもなく、佐疫の手からそれを受け取り――躊躇いなくぱくりと口に含んでしまう。

「あはは、お腹空いてたんだね」

よしよしと、手袋をした佐疫の手が少女の髪を撫でる。少女は逃げない。怯えない。けれど特段心地よさそうにもしない。ただされるがまま。佐疫はそれに気を悪くすることもなく、「早く帰ってくるといいね」とまた微笑んだ。

「……!」

もぐもぐと口を動かしていた少女が、ふと窓の外に視線を走らせる。そしてぱたぱたと小走りをして、一番近くの窓にぺたりと張り付いた。おや、と首を傾げた佐疫も、彼女につられて窓の外を見る。――屋敷の外、門の前。そこに丁度、見慣れた自動車が停まったのが目に入った。

「帰ってきたね」

という、佐疫の言葉も皆まで聞かず、部屋を飛び出す少女。ちゃんと砂糖菓子は呑み込んだんだろうか、と考えつつも、佐疫は苦笑してまた窓の外を見る。車の扉が開き、一番に飛び出してきたのは後部座席にいたのだろう、シャベルを持った獄卒。それから運転席の扉が開いて、鶴橋を引き摺りながら出てくるもうひとりの獄卒。
気怠そうに首の骨を鳴らしているらしい彼――田噛に、着物の長い袖を揺らして走り寄っていく少女が見えた。

「うわっ」

少女に全力で飛びつかれた田噛が思わずよろけるものの、何とかその場に踏みとどまる。
とうの少女は、やや迷惑そうな様子の田噛の腰ににしがみついて離れない。最初は少女を引きはがそうとしていた田噛だったが、やがてそれを諦めると、徐に少女の両脇に手を入れて抱き上げた。その際、鶴橋を平腹に押しつけてしまうのを忘れない。
嗚呼、なんて平和なんだろう。地獄なんて場所にはとても似つかわしくない、柔らかで優しい世界。血生臭さすら忘れてしまいそうな、絵に描いたような平和。

「おっ、佐疫だ! ただいまー!!」

こちらに気づいた平腹が手を振ってくる。それにそっと手を振って、佐疫は酷く穏やかな気持ちで微笑んだ。

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