CLAP LOG | ナノ
元は煮豆が入っていた缶の中に、短めの蝋燭を入れる。水を入れたバケツを用意し、蝋燭に火を付ければ、それで準備は完了。

「ほれ、人に向けんなよ」

近所のスーパーでビールと一緒に買ってきた花火を開け、1本渡してやる。

「向けねーよ!」

相変わらず余計な一言を付け加えた女に、ローが噛みつくのはいつも恒例行事だ。言っていることは多分間違っていないのだが、言い方がいちいち癪に障るのだというのはローの言である。

「うおっ、結構すげえ!」

日を付けた途端、バチバチと音を立てて色とりどりの火花が散った。予想よりも激しいそれに慌てたローに、女は「風上に立てよ」とのんびり言い放つ。そしてそのまま、一緒に買ってきていたビールの缶を開けた。

「っぶほ! げほっ! げほげほごほっ!!」
「コラさん!?」
「なんで風下にいるんだよお前は。アホか」

花火の濃い煙に咳き込むコラソンの腕を引っ張り、面倒くさそうながらも避難させる。流石にこの季節はあの黒いコートも出番がなく、今の彼は半袖の柄シャツに白いパンツ姿だ。

「げっほ……! す、すまん先生……」

涙目になったコラソンに、「目ぇ洗ってこい」と顎で側の水道を刺した。慌てて走る彼が盛大にずっこけたのが見えたが、もう面倒くさいので放置する。ローも今は花火の方に夢中らしく、燃え尽きた1本をバケツに放り入れ、もう1本に火を付けていた。

「こっちの花火は良く出来てんなあ。俺が知ってるのよりずっと派手だ」

目を洗い終わったらしいコラソンが、涙と水道水によって濡れた顔で笑う。ぽたぽたとしずくが垂れていたので、女は顔を顰めつつも「拭け馬鹿野郎」と乱暴にハンドタオルを投げて寄越した。

「いいなあロー、俺もやりたくなっ」
「やめろ馬鹿。ひっこめ馬鹿」
「馬鹿馬鹿言うなよ!」

と、無邪気に言うコラソンであるが、聞いていた方は聞き流せない話である。間髪入れず制止したが彼は不満げに唇を尖らせた。別に可愛くはない。

「お前自分のドジ属性分かってんだろーが。テメエが火傷するだけならまだしも、その辺火事になったらどうすんだ」

冗談でも意地悪でも何でも無く、この男ならやりかねない。それを本人も自覚しているのか、「う゛っっ」と蛙を踏んづけたような声を出して硬直する。

「ひでェ先生……」
「酷ぇわけあるか。自称ドジっ子は自重しろ」

何も無いところで転んで頭を打ち、自分の煙草の火で服を丸ごと燃やすような男である。よくまあ此処まで生き残ってきたものだと、1日に1回は感動する程だ。これで花火など持たせられると思う方が間違っている。
……間違っているのだが。

「ちぇー……」

と、ふて腐れている彼を見ていると、どういうわけか罪悪感がわいてこなくもない。珍しく女は勿論、コラソンのこともそっちのけでローがはしゃいでいるせいもあるだろう。要は寂しいのだ。困ったものである。

「……最後の線香花火だけな」
「!」

あれならば火花も小さいし事故にはなりにくいだろう。念のためやる前にバケツを手元に引き寄せておくことを決定しつつ言えば、途端にぱあっと顔を輝かせるコラソン。

「ありがとうな、先生!!」
「火事起こすなよ」
「おう!」

心底嬉しそうに笑うのは良いが、これが20代も後半の大男だと思うと、少しばかりしょっぱい気持ちになるのは気のせいではあるまい。
ローの側にいるため、煙草が吸えないのがもどかしい。はあ、とこれ見よがしに溜息を吐きつつ、女はそっぽを向いた。

ちなみにコラソンは火事こそ起こさなかったものの、サンダルを履いていた足の上に花火の火を落としてしまい、全治14日程度の結構な火傷を負ったことを最後に明記しておく。
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