CLAP LOG | ナノ
地獄の官吏、閻魔大王の第一補佐官。そんな大層な肩書きを持つという鬼神でありながら、今は小学校の事務員という肩書きでもって日々働いている青年がいる。
加々知鬼灯、本名はただの鬼灯だという彼は、永く生きてきた、そして様々な分野に精通することを義務や趣味としてきたせいか、色んな方面で博識である。彼の持つ知識の中には、思わず感心して唸ってしまうものから、「そもそもその知識は何故必要になってどういうつもりで仕入れたのか」と心底首を傾げてしまいたくなるものまで、本当に多種多様だった。そして彼自身は、一体何を考えて発言しているのか分からないが、結構唐突にその知識の一端を垣間見せることがある。今回もまた、そんな『唐突な』彼の発言から全ては始まったのだった。

「6月の花嫁というのは、元々日本の伝承ではないんですよ」

『ジューンブライド特集』なるものを報じていたワイドショーを見やりながらの発言。少ししけってしまったせんべいをかじりながらではあるが、興味はわいたので「そうなんですか?」と取り敢えず相槌を打ってみる。

「6月はJuneといいますが、これはJuno(ユーノー、またはユノー)という女神が由来です。彼女はギリシャ神話でいえば、結婚の女神ヘラにあたります。ヘラは主神ゼウスの正式な妻であり、女神の中では最高位の存在です」
「へぇー」

特段神話には詳しくないが、ゼウスという名前は知っている。主神というのは一番偉い神だから、当然その妻であるヘラも偉い。実に単純な論理だ。

「では、何故ヘラが結婚の女神かと言うかですが……ゼウスという神が物凄い浮気性なのはご存じですか?」
「え、そうなんですか?」
「はい。もう西へ東へ北へ南へ、人間だろうと女神だろうと美女と聞けばすっ飛んでいき、事と次第によっては白鳥だの黄金の雨だのに化けて女性と子供をもうける筋金入りの浮気者です」
「何それただの屑ですか」
「せめて節操なしと言って差し上げてください」

まあ多神教の男神に浮気癖はつきものですが、と淡々と言う鬼灯。しかし女としては『浮気男』というのはどうも共感しがたい生き物である。当然、それは堅実に生きている男にとっての『浮気女』への考え方と同じであろうが。

「ヘラもやはり美しい女神だったので、案の定ゼウスに狙われるわけです。しかしヘラは、『私を正式な妻にして責任取るなら貴方の子供を産む』と取引を持ちかけました」
「おおっ。賢い!」
「そうですね。で、迷った末にゼウスはそれを承諾。これによりヘラは正式にゼウスの妻となったわけです」
「はー。成る程。ちゃんと約束守ったんだ」

いいとこあるじゃないですか。と、微妙に上から目線になりつつも、少しだけ名前しかしらない主神を見直す。対する鬼灯も無表情で頷いた。

「ええ。ギリシャ神話では特に『神は一度口にした約束は守らなければならない』とされていますので、守らざるを得なかった、というのが正しいですが。実際……」
「実際?」
「『結婚するとは言ったが浮気しないとは言っていない』という理屈で、ゼウスの浮気癖はそれからも治らなかったようです」
「えぇぇええ……?」

何それ台無し。ついつい思いっきり顔を顰めた彼女を誰が責められようか。しかし、あくまで無表情を崩さない鬼灯は、同じ男としてそれをどう思っているのだろう。

「何にせよ、このヘラの逸話から『6月に結婚すると幸せになれる』、すなわちジューンブライドという考え方が生まれたと言われています」
「いまいちヘラさん幸せになった感じがしないんですけど……」

とても『6月に結婚したら幸せになれそう』とは思えなくなる話だ。酷くげんなりした顔で、気を紛らせるようにせんべいをバリバリ食べる。

「大体、幸せになれる夫婦はいつ結婚しても幸せになれますからね」
「あー……それは確かにそうですね」

別段結婚願望はないが、それでも多少はショックである。ちらりと視線を脇にやれば、黒がかかった雨雲が、空を我が物顔で占拠しているのがみえる。どんより、という効果音がとても似合う、陰鬱で腫れぼったい空だ。

「そして逆も然り。長続きしない夫婦はいつ結婚したって長続きしませんよ」
「……それもそうですね」

やはり験担ぎは験担ぎでしかないということか。はふり、とついた溜息も少々湿っぽい。
テレビはいつの間にか天気予報に切り替わっていたが、それ以上液晶を見る気はとうに失せてしまっていた。
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