CLAP LOG | ナノ
『式鬼神』――そう呼ばれる術がある。正体は命を下す術師の思念や力の塊であったり、或いは別個の意思を持つ妖や神霊であったりもする。彼らは時に術師の目や耳となり、時に手足となる。術師の呼びかけに答え、力を込められた式鬼達は、主たる術師の思念や言葉をありとあらゆる場所に伝達し、また自らの見聞きしたものを術師に伝える。そしてその姿形は様々で、術師がその気になればどんな姿にでも出来る……筈なのだが。

「ぎゃーっはっはっははははは!!」

麗らかな日曜日の午後に、似つかわしくない馬鹿笑いが1つ。カーキ色の軍服を着た平腹が、目に涙を浮かべて笑い転げている。手に持っていたはずの制帽はいつからか投げ捨てられ、青年はもう、腹が捩れて切れてしまうのではないかというほど笑っている。

「あっはははははははは! ひゃーははははははははっっ!!」
「……さっきから煩ぇよ」
「ひ、ひひははは! あは、ご、ごめ、田噛ごめ……あは、あっははははっはげぶほ!?」

裏拳一発。硬い手の甲に思い切り顔面をやられた平腹は、勢い余ってそのままソファから転げ落ちてしまった。その拍子に頭も打ったようで、ゴンッと嫌な音がした。しかしそれでも、「ひー、ひー」と痙攣を起こしつつ笑っているのだから、多分無事だろう。それを苛立った顔で見下ろした田噛は、「……だりぃ」と一言言うなり、また寝入る体勢に入る。
今度は座ったままではなく、平腹が座っていたソファのスペースまで占領して。
一方、笑われた側のてつしは、もう今にも爆発せんばかりだ。青筋を浮かべて下を向き、ぷるぷる震えながら足下の『それ』を睨んでいる。
もう一方、一度沈められた平腹は、しかし復活が早かった。

「あ、ひ、ひひは……あー面白かった! 何だこれ!? 何だ!? 消しゴムのカスのお化け!?」
「ぶほっっ」
「ケシカスのお化け……ぶっ」

『それ』というのは、一応は彼の手から放たれたあと、多少は空を飛び、しかし真っ直ぐでは無く右に左にふらふら曲がりくねった後、ぼとっと落ちて動かなくなった……よく分からない何かである。てつしは鳥をイメージしたようだが、とてもそうは見えず。というか寧ろ、恒温動物のような高等生物には全く見えず、平腹の言う『消しゴムのカスのお化け』という表現が、そりゃあもう的を射ているのだ。
となれば、横で見ていた良次も裕介も笑うというもの。『ケシカスお化け』の猛威によって決壊した笑いの堤防は案外、でもなく、予想の範囲内で脆かった。

「うっせえお前ら!! 笑うな馬鹿ヤロー!!」
「いや、無理……ぶほっ!」
「リョーチン無理に喋るなよ……ふっ」
「だから笑うなぁぁぁあああ!!」

大人達を大混乱に陥れる『上院のてつ』も、こうなっては敵わない。何より、彼らが笑う原因が自分の術のせいとあっては、なかなか怒るにも怒れないのだろう。そこに、

「入るよー?」

と、てつし曰く『術の修行』のために部屋を提供してくれていたこの家(マンションの一室だが)の主が、ご丁寧にも断りを入れて入ってくる。その背後に見知った影がもう1つあるのを見つけ、子供達はぱっとそちらに意識を向ける。

「斬島のにーちゃん!」
「ああ。元気そうだな、お前達。……術の修行と聞いていたが」

『修行』という言葉で、何だかとても格調高い、というか神聖で厳かなものを想像していたらしい斬島は、あまりにも普段通りのチビ3人を見て不思議そうだった。
「ちゃんと修行ですよ、ほら」と、苦笑気味の少女が足下の『式鬼神もどき』を指さす。『ケシカスお化け』のそれを『式鬼神』だと理解し、ついでに何も言わない辺り彼女は大人だった。『式鬼神もどき』は、まだ術師(てつし)が雑念に溢れた念を送っているせいで姿を解かない。時折うねうねと動いているそれを見つめた斬島は、やがて普段の声音で一言。

「黒ウミウシか。良く出来てるな」

平腹の腹筋崩壊未遂騒動が勃発するのは、この発言の僅か0.7秒後である。
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