CLAP LOG | ナノ
灰黒色の空。遠くに見えるのは真っ赤な山。ぎゃあぎゃあと鳴いて飛んでいるのは、都心のど真ん中で生ゴミ食べて肥え太っているのより、恐らく数倍は大きいカラス……らしき黒い鳥。吹いてくる風が、微かに鉄臭い。「刑場が近いからですよ」と何でも無いことのように言われたのは、ほんの数分前のことだ。

「あの世とこの世というのは、意外と隣接しているんですよ」

淡々と語る青年。額に生えているのは、人にあるまじき、1本の長い角。彼のことは知っている。1ヶ月ほどだが、一緒に働いていたこともある。そのときは地味なジーンズやらパーカーやらを着ていたが、今は黒い着物を身に纏っている。

「まず山ですね。山はあの世の入り口です。私も山を介して黄泉に来ました」
「ほうほう」
「あとは海、それから川にも幾らか。その辺は宗教とか民間信仰によります」
「なるほどー」
「意外と井戸が危険なんですよ。水場ですし、入り口が出来やすい。見つけたら塞いでるんですが、昨今の日本では割と水道が普及してますから、数は減ってますね」
「時代の流れってやつですね」
「ええ。あとはまあ、自殺スポットみたいな場所なんかは、不定期にそういう『穴』が開いたり閉じたりします。そこが磁場の強いところであれば尚更ですね。たとえば」

すうっと、涼しげな目がこちらを見る。言わんとしていることは、それだけで十分伝わる。
伝わるが、問わずにはいられない。

「私が落ちたやつとかですか」

がっくり。思わず膝から崩れ落ちる。膝をついた地面は草も殆ど生えておらず、硬めの土がやや湿った感触を伝えてきた。

「見つけたのが私で良かったですね。他の鬼に罪人と間違えられてたら悲惨ですよ」

罪人なら問答無用で呵責対象です。相も変わらず淡々と言い放つ鬼灯に、「想像したくないのでやめてください!」と呈する苦言も何処か元気が無い。
折角小学校の子供達に付き添って楽しんでいたハイキング。うっかり足を滑らせて転んだ先が、どうやら彼の言う『穴』だったらしい。転んだ痛みに呻きつつ立ち上がれば、そこはもう地獄だった「トンネルを抜けるとそこは雪国だった」ではなく、「転んで起きたらそこは地獄でした」だ。川端康成もびっくりであろう。

「どうしよう……自由行動中だったから私1人だったんですよね。大騒ぎになってるかも」
「そうでしょうね。ですが貴方、そうそう簡単には帰れませんよ」
「え!?」
「不定期にあく『穴』だと言ったでしょう。つまりもう閉じてるんです。帰るだけならともかく、山で行方不明になってたのに勝手に自宅まで帰ってたら別の意味で大騒ぎですよ」
「た、確かに……」

それはもうただの『遠足の途中でバックレた奴』だ。遭難者でも何でも無い。さあっと別の意味で青ざめていると、「仕方ないですね」と溜息を吐かれた。

「臨時措置です。貴方を閻魔庁で保護します。着いてきてください」
「は、はい!」

これぞ地獄に仏(いや鬼だけど)とばかりに顔を上げる。すると、何だかとってもいやーなことを企んでいそうな笑み(そう、笑ったのだ!)を浮かべた鬼灯がいた。

「高くつきますよ?」
「!?」

何が!? と、問うことは出来なかった。だって怖い。しかしこの場所に放置されてしまったら今度こそ危ない。殺される。罪人と間違えられて殺される。
ぷるぷると生まれたての子鹿のように震えながらも、かの鬼についていくしか道は残されていない。しかし、その黒い着物を纏ったその背中こそが、まるで猛獣が口を開けて待ち構えているように見えて成らないのは、果たして気のせいなのだろうか。

……続かない。
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