CLAP LOG | ナノ
昔読んだ漫画で、主人公の医師(勿論名医だ)が、嵐の中、揺れる小舟の上で手術を行うというシーンがあった。
読んでた頃は「これは無茶ぶり過ぎだろ」とか「感染症どうなんだ」とかツッコんでたモンだが、実際自分が似たような体験をしてしまうと、「何かほんとすいません」と謝りたくなってしまう。寧ろ、フィクションの彼らよりも、随分と楽なシチュエーションにいる筈の自分がこの体たらくなのだから、あの吹き曝しと揺れの中で『手術』の一択しか選べなかった彼らの心境は、さぞかし修羅場そのものだろうと思う。……とはいえ、

「まあ、人間誰しも慣れってあるもんだよなって話」
「あいたあっっ!!」
「あ、染みた? 悪い悪い」

ふーっとゆっくり船がやや右に傾いて、その弾みでうっかり消毒液を染み込ませた脱脂綿をぐにゅーっと傷口に押し当ててしまったらしい。抑揚の無い、ついでに対して反省の色の無い謝罪を口にすると、相変わらず黒い羽が集まったようなコートに変なメイクがトレードマークのコラソンは「ひでえ女」と悪態を吐いた。

「うるっせえな。あんた1人でどんだけ薬品その他使ってると思ってんだ。少しは自重しろアホったれ」
「しょうがねえだろ。ドジっ子なんだから」
「いい年扱いた男が『子』とか言ってんな。つーか何度目だこのやりとり」

好い加減飽きたぞ、と、些か女らしさに欠ける動作でガリガリ頭を掻く。問われた、というか言い放たれたコラソンはふと真顔に成り、

「何度目だろうな……」
「真面目か」
「いでっ!!」

と、強烈なデコピンを額のど真ん中へと食らうことになった。

「……まあ実際、何度目かもわからねえよな」

嵌め殺しの窓からは、青い空と青い海。時折視界の端にちらつくのは、見たことも聞いたこともないような変な生き物。普通の魚もいるにはいるが、『地球』の何処を探してもきっと見つからないだろう、珍生物としか言いようのない生き物たちがわんさかといる。
――『偉大なる航路』。話に聞くだけだったその場所に、ほんの僅かの付き合いで終わるはずだった彼らと居る。同じ船に乗って、旅をしている。こんな数奇で奇妙な展開を、人は運命と呼ぶのだろうか。

「思えば遠くまで来たもんだ」
「そうだな」

思わず独りごちれば、隣でコラソンが感慨深げに頷いた。

「チビだったローは今や大物海賊。海軍だった俺も、闇医者だったあんたもその仲間。出身も血筋も、世界すら違ってた俺達が、おんなじ船に乗ってるんだもんなあ」
「……自慢げだな。ローが海賊やるっつった時は大反対した癖に」
「そりゃそうだろ。けどま、あいつが頑固なのは今に始まった事じゃねえよ。……それに、いつまでも逃げ隠れ出来る相手でもねえしな」

穏やかだったコラソンの表情に影が差す。が、それは一瞬のうちに成りを潜めた。そして、ふとこちらの顔を見下ろした彼は、にい、と満面の笑みを浮かべる。「手入れが大変らしいから」と差し歯を断ったせいで、未だに抜けたままの前歯。少々間抜けなそれも相俟って、何だか幼い子供のようだった。

「それもこれも、『先生』のお陰だ。……ありがとな」

染みるように穏やかな声音で紡がれた礼は、酷くこそばゆい。

「っ、何を今更」

ぷい、とそっぽを向いて、視線をあらぬ方向にやる。自身の耳の辺りが少し熱く感じるのは、きっと気のせいだと、そう言い聞かせながら。
[ back to top ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -