CLAP LOG | ナノ
任務先であった廃屋から外に出ると、入る前から重たい雲の立ちこめていた空は、もうすっかり大泣き状態になっていた。ざあざあなどという擬音すら生ぬるい、まさしく『土砂降り』という言葉の相応しい雨量である。風や雷が無いのが、まさしく不幸中の幸いといったところか。
死に縁が無くても寒さは感じる獄卒の身なれば、さしもの斬島も「濡れて帰るか」という発想には即座に到らない。そして今日に限って言えば、斬島と違って死にも風邪にも縁がある『連れ』が隣にいるので尚更だった。

「すごい雨ですねえ」

天気予報では今日まで大丈夫って話だったんですけど。そう付け加えた少女が困ったように微笑む。決して張り上げた声ではなく、そして必要以上に彼らの距離が近いわけでもない。なれど彼女の声はこの喧しさの中でも不思議なほど良く通り、きちんとした言葉となって斬島の耳朶を打つ。

「斬島さん、この後のご予定は……?」

大丈夫ですかと、自分をそっちのけで尋ねる少女。斬島はすぐさま「ああ」と頷く。

「この任務が終われば休暇の予定だった。特に予定も無いし問題無い」
「そうですか」
「それより、生者のお前の方が、ともすれば俺より制約は多いだろう?」

大丈夫なのかと、今度は斬島が少女に問うた。少女も特に考える時間を持たず、「はい」と小さく肯った。

「私も予定は特に無いんです。明日は土曜日ですから、学校も気にしなくて平気です」
「……そうか」

それなら大丈夫だな。そうですね。そんなやりとりの後、その場を支配したのは静寂。雨の音だけがひたすらに鼓膜を振るわせる、無音ではない静けさ。それでもそこには気まずさもなければ、緊張も無い。人一人分程度の距離をあけて並ぶ彼らの間に、奇妙な強張りは存在しなかった。

「雨といえば」
「はい」
「去年の7月頃だったと思ったが、獄都の天の川が氾濫したことがあったな」
「えっ」
「平腹が、中州で遊んでいたせいで流されてしまった」
「それは……お気の毒でしたねえ」

獄卒は死なない。だから溺死もしない。斬島達にしてみれば当然のことで、当時も「戻って来なかったら探しに行ってやろう」という程度で落ちついた話だ。しかし幾ら知り合ってある程度経ったといえど、生者である彼女には些か刺激が強い話題らしい。声音が僅かばかりだが引き攣っていた。

「ちゃんと戻って来られたんですか?」
「ああ。……自力ではなく、ギアラに連れ戻されたという方が正しいが」
「ギアラ、って……確か、お屋敷の牛さんでしたっけ?」

賢い牛さんですねえ。少女はくすくすと笑う。牛に連れ戻された平腹を想像しているのだろう。

「そういえば、織姫と彦星ってあるじゃないですか」
「? ああ」
「中国ではそのふたり、織女と牽牛っていうそうです。牽牛っていうのは牛飼いのことで、直接的な意味は『牛を引く者』なんですね」
「……『牛を引く者』が妻と逢瀬をしている間に、牛の方が鬼を引いて川を渡っていたということか」
「そうなりますねえ」
「奇妙な偶然だな」

またもくすくす笑う少女に釣られるように、青年もうっそりと微かな笑みを唇に載せる。
空はまだ、泣き止まない。
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