「見てくれ、先生!!」
「……ンあ?」
昼に外出するときは必ず乗れと、女が口を酸っぱくして言い聞かせている車椅子に乗って帰宅したコラソンが抱えていたもの。大柄な彼の長い腕にしっかりと抱えられている『それら』に、女は珍しく純粋に驚きを露わにした。
「何だそりゃ?」
「アジサイ!」
「見りゃ分かる」
何処でどうしたって聞いてンだよ。舌打ち混じりに女が言えば、しかしコラソンは気を悪くした風も無く「貰ったんだ」と満面の笑みで答えた。
「近くの小学校で育ててるんだってさ。すっげえいっぱいあって綺麗だなーって見てたら、顔見知りの先生が分けてくれたんだよ。生徒の分はちゃんと取ってあるから平気だって言われてさ」
「……へえ」
基本的に仕事と買い物(それも生活必需品を買い足すだけの場合が殆どだ)でしか外に出ない女と違い、元々アウトドア派らしいコラソンは、良くローを伴って散歩やら何やらに出かけている。そして愛想も人当たりも良い彼は近所の老人や散歩コースで出くわす主婦等とも折り合いが良いらしく、たまに土産物を持たされることもあるのだ。どうやら、今回もその類であるらしい。
……仮にも教員が、恐らくは独断でその辺の男に学校のもの(たとえ植物であっても)を渡してしまうことが問題無いのかは分からないが。
「綺麗だよなー、コレ。なあ知ってるか先生、このアジサイさ、生えてる土の色で花の色が違ってくるんだと!」
「フーン」
仕入れたばかりだろう蘊蓄を垂れるコラソン。対して女は気のない返事を返す。元々花を愛でる趣味も無く、桜が咲いているのを見ても「掃除が面倒臭そうだな」という感想が最初に出てくる程度の感性しか持ち合わせていないのが彼女である。じめじめと過ごしにくいこの季節に、カタツムリを山ほどくっつけて咲いている花になど生まれてこの方興味を持ったことがなかった。
「で、どうすんだソレ」
「? 何言ってんだ先生、花は飾るモンだろ?」
「お前が何言ってんだ。うちに花瓶なんて洒落たモンはねーぞ」
花に興味の無い女が、花を飾るためのインテリアなど持っている筈も無い。しかしコラソンはそんな女の無粋さにようやく慣れたのだろう。特に驚きもせず「知ってる」と頷いた。
「だから帰りに買ってきたんだ、ホラ!」
「珍しく用意周到じゃねーかテメエ」
しかも自分が万が一転んでも問題無いようにだろう、きちんと緩衝材をつけて貰ってきたようだ。自他共に認めるドジにしては何とまあ、珍しくも慎重なことである。
「だって折角こんなに綺麗なんだぜ? きちんと飾ってやりてェじゃんか」
「勝手にしろよ」
「おう、勝手にするぞ、先生」
にっこり。満面の笑みを浮かべたコラソンが、まだ包装されたままの花瓶と、大量のアジサイを抱えて洗面所へと歩いて行く。彼がきちんと腕を回していなければ、途端にこぼれ落ちてしまいそうなほどに沢山のアジサイ。それがあの花瓶ひとつに収まるのかは甚だ疑問だったが、女は面倒臭そうに溜息を吐いただけで特に何も言うことはなかった。
――ま、好きにすりゃいいさ。
興味が無いというだけで、敢えて愛でようと思わないだけで、別に美しいと思わないわけでもない。ガリガリと頭を掻いて再び嘆息した女の耳に、恐らく鋏で指を切ったのだろうコラソンの絶叫が届くのは、僅か数分後のことである。