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「そういえば」

春。四月。入学式まであと数日という時期に迫った今、丁度桜も見頃を迎えている。平日の勤務疲れと実家での手伝いに疲れ果ててぐったりしていた女の耳に、渋いバリトンボイスが届く。
桜の名所を取材していたニュース番組に相変わらず視線を向けながら、その声の持ち主は間違いなくこちらに話しかけているようだった。

「最近、花びらを散らさず椿のように花ごと落とす桜が増えてるんですよ」
「そうなんですか?」

ちゃぶ台の上に顎を載せたまま、目だけを鬼灯へと向ける。弾んだ声で花見客へインタビューをしているアナウンサーから目を離した鬼灯が、「ええ」といつもの無表情で頷いた。

「学校の桜もいくつかそんな感じだったのを確認しましたよ。木の側に落ちているのは概ね花ばかりでした。花びらではなく、です」
「……学校にあるの、フツーのソメイヨシノですよね、確か」

多くの学校の例に違わず、女が勤める小学校にも桜の木は幾らか植えられている。樹齢はさほどでも無いが、毎年無難に美しく咲いて生徒や保護者の目を楽しませていた。門の近くに植えられているものが一番古くて大きいので、入学式になるとその下で写真を撮りたがる新入生と親御さんで毎年溢れかえるのだ。

「雀の仕業らしいですよ」
「雀?」
「ええ。勿論鳥の雀です。夜雀でも他の妖怪でもありません」
「や、そこは別に気にしてませんでしたけど」

相変わらず真面目なのに何処かしらずれている鬼だ。本気なのか冗談なのか区別し辛いのが大変厄介である。しかし女はそれ以上突っ込まず、首を傾げて男に続きを促した。

「まあ単純な話です。昨今の環境の変化で雀が甘味を覚えてしまったようでしてね。桜が咲くと花の付け根部分を突いて蜜を吸うんだそうです。そうすると突かれたところが傷んでしまい、結果散るより先に花ごと落ちてしまうんだとか」
「へえーっ」

雀といえば、古来は米を食べる害鳥とも、虫を食べる益鳥とも言われていた鳥だ。花の蜜を吸うイメージなど無かったが、今はそうではないということらしい。そういえば害鳥筆頭みたいな扱いを受ける烏も人間が捨てたゴミを漁るし、公園の鳩だって人間の食べこぼしを食べて肥え太っているイメージが強い。雀も似たようなものなのだろう。

「私達はあの世の住人ですので」

安売りしていた苺のパックから、大粒の苺を摘む。顔に似合わず割り方甘い物も好きらしい彼は、苺と出がらしのお茶という大変お粗末な女のもてなしにも特段の文句は言わなかった。多分、そういう気立ての良さを期待していないということも多分にあるだろう。

「現世の問題には基本的に不干渉です。環境問題も人道問題も、全ては現世のそれ。私達が裁くのはあくまで亡者であり、現世で何が起こったところで首を突っ込むような真似はしません。勝手にしてくれ、というのが基本スタンスです」

ですが。

「地獄は人を裁く場所。人が現世に生きる限り、永久的に機能し続けます。ですが、」

ほんの少しだけ遠い目をして、未だ姦しい音声を出し続けるテレビ画面を見やる鬼灯。その視線は相変わらず静かで、手つきも淀みない。

「こういう話を聞くと時々思うんです。いつか必ず、地獄は不要になるだろうと」
「鬼灯さん、それは」
「戯れ言ですよ」

気にしないでください。そう言い放って、彼は温くなったお茶をすすった。画面に映っていた桜並木はいつの間にやら消えていた、普段のスタジオに戻っていた。
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