CLAP LOG | ナノ
プルタブを引いたその瞬間、ぷしゅ、と空気が抜ける音がする。昼間は酔っ払いや女子供の姦しい声が響き渡っていた場所だが、今日は平日で時刻は深夜をとうに回っている。明日も平日であることも大きく手伝って、俗に言う花見スポットであるこの場所も、今は静まり返っていた。

「っぷはあ! 甘くて美味いなあこれ!」
「そりゃ良かったな」

既に殆ど入っていないだろうアルミ缶を片手で振ったコラソンは酷くご機嫌だ。頬が赤いのは多分に酒精のせいだろう。アルコール度数が然程高くないサワー系ばかり飲んでいるが、それでも分量が結構なものなのでそれなりに酔っているらしい。
ちなみに、この夜桜見学に付き合っている女は下戸だ。酒の味も元々苦手だし、アルコール中毒になってメスが握れなくなった同業者も何人か知っているため、余程でなければ飲もうとも思わない。

「綺麗なもんだなあ。静かだし。ローも来られれば良かったんだけどな」
「ガキを深夜帯に連れ回す気か、馬鹿」

都条例違反でしょっぴかれンぞ。片眼を眇めて舌打ちする女は、先程からウーロン茶と煙草の煙しか摂取していない。煙草を引っ込めて酒ばかり飲んでいるコラソンと果たしてどちらが健康にマシなのかは不明だ。

「ま、いーか。先生とふたりっきりってのも嬉しいぞ、俺は!」
「そらどーも」

何の衒いも下心も無い感想は、けれど時折女の心臓をざわつかせる。微かに覚えた動揺を鉄仮面の下に隠した女は、面倒臭そうに溜息を吐いて煙草を吸った。すっかり堂に入った仕草で紫煙をくゆらせる様は、夜桜の幻想的な雰囲気にも然程不釣り合いではない。

「サクラって綺麗なんだなあ。俺、殆ど見たことねーんだ」
「へえ」

日本生まれの日本育ちである女にとって、桜というのは最もポピュラーでメジャーな植物だ。見に行こうと思わなくても近所に咲いているそれを目にしてきたし、そもそもそこまで花に関心はなかった。

「もっときついピンクかと思ってたけど、こんな優しい色なんだな。ふわふわしてて、散っても綺麗なんてすげえなあ」
「雨とか降るとマジ汚くなるけどな」
「そういうこと言うなよ!」

ムードぶちこわしだよ! 叫ぶコラソンにへーへーと適当な相槌を返す。軽く涙目になった彼は、立ち上がった勢いを殺しきれず、そのまま前につんのめって顔面から転倒した。

「いでででっ……!」
「お前ホント馬鹿な」

盛大に鼻血を出している男こそムードも何も無いと思うのだが、敢えてそこまで口に出してやらないのはなけなしの優しさだ。一応持ってきておいたポケットティッシュを渡してやり、「上向くなよ」と釘を刺す。そして短くなった煙草を携帯灰皿に押しつけ、新しい煙草に火をつけた。

「先生、俺も火」
「血ぃ止めてからにしろよ」
「もう止まった」
「早ェなオイ」

丸めたティッシュで乱暴に血を拭った男が、自分の煙草をくわえながら強請る。持っていたライターを渡そうと伸ばした手は何故か制され、代わりにずい、と顔を近づけられた。

「こっち」

火の付いていない煙草をくわえて、にっと悪戯っぽく笑うコラソン。無邪気にも近いそれに女は顔を顰めたものの――結局、大人しく自分の煙草を男のそれに近づけた。
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