10月31日。本来、この日はあの世とこの世の境界が薄くなり、お化け達によって子供が誘拐されてしまうかも知れないらしい。そのため子供達はお化けの格好をして彼らを騙し、うっかり連れ去られないようにしなければならないのだとか(かなりざっくりした説明)。
要するに、本来ハロウィンとは子供のための祭りである。大人も子供も仮装を楽しむ今の形はまあ微笑ましいが、実際は子供だけのものである。つまり、
「トリックオアトリート、先生!」
と、某ディスカウントストアで買ったのだろうドラキュラのマントを着けているコラソンに、先生と呼ばれた女が向ける視線が大層冷ややかなものになってしまうのも、まあ仕方ないと言えば仕方ないのである。
「……お前今年で幾つだっけ?」
「えー、いいじゃねェかよ別に。テレビでも俺くらいの年齢の奴らが面白いカッコしてたぜ?」
「仮装はさておき菓子は強請って無かったと思うけどな」
寧ろお前の場合仮装と菓子とで比重が1:30くらいだろ。胡乱な様子を隠さない女に対し、コラソンはあからさまに顔を背けた。ぴー、と口笛を吹こうとしたようだが音が出ず、口で「ぴー」と言っている。大変間抜けだ。
「つか、ローは?」
「部屋に籠もってる。折角ローの分も衣装買ったんだけどなぁ」
至極残念そうなコラソンであるが、寧ろその落ち着きをいっそ見習って欲しいと女は思う。しかしあの年で仮装を嫌がるとは……ノリが悪いというか何というか。出会った当初から意地っ張りというかかっこつけなところのある糞ガキ、もといませた子供(どちらにせよ酷い言い草だが)だと思っていたが、それはそれでなかなか可愛げが無くてつまらない。
「ちなみにその衣装ってのは?」
「狼男! ほらコレ、可愛いだろ!? 安いんだけどふっかふかだし!」
「……まあ嫌がるだろな、あいつは」
狼男、というとおどろおどろしいが、要するに狼の手足を模した靴とグローブ、それから犬っぽい付け耳だ。怖いどころか可愛い印象しか抱けない。
「似合いそうだろ?」
「まァな」
とは言うものの、先日デパートで購入した動物の耳が付いた服を何度も着せられたローは、あれ以来どうもこういう類の格好を嫌がるようになってしまったのだ。コラソンが嬉々として買ったコレを見せられた子供は、もう苦虫を噛んで噛み砕いてじっくり味わってしまったような顔をしたに違いない。
「買ったモンは着なきゃ勿体ないだろ。つかそこは着せろよ、何のための保護者だ」
「いやでも、ローの奴全力で抵抗してきてさ。もうオペオペの能力までフル活用だったし」
「ほー」
まったく可愛げのないことで。
「だからせめて菓子くらいは貰ってやろうと思ってさ。ローは甘いモン好きだし」
「私が菓子なんか買うわけねェだろ。寧ろこの時期そこかしこから南瓜の匂いがしてくんのも滅茶苦茶嫌なんだけど」
「筋金入りだな先生」
「うるっせえな。……ったく」
徐に財布を取り出した女が、やや皺の寄った一万円札を取り出す。
「適当に買ってこい。あんたの好みで選ぶなよ」
「ローが好きなモンを買えばいいんだな」
「曲解すんじゃねェぞクソ野郎」
顔を顰めた女と対照的に、コラソンはご機嫌だった。その「言わなくても分かってる」という態度に苛ついた彼女が、彼の額にチョップを食らわせたのは言うまでもない。