CLAP LOG | ナノ
「あーいやだ! いやだいやだいやだ!」
「……なんかあったんですか?」

桃源郷の薬屋、神獣白澤が営む極楽満月。鬼灯の遣いで薬を取りに来てみれば、そこには何やら癇癪らしいものを起こした店主がいた。

「ああ、気にしないでください。いつものことですから」

すっかり『出来た女房』みたいにしか見えない店員もとい桃太郎が、もはや何一つ気にした様子も無い受け答えをする。これでは気にかけているこちらの方が可笑しいみたいだ。
しかし彼がこういう反応をするということは、多分あまりツッコまない方が良いのだろう。そう思い直して薬を受け取り、さっさと出ていこうとしたのだが……。

「待って! 折角心配してくれたんだからそこはちゃんと聞いてよ!」

と、他ならぬ店主に待ったをかけられてしまった。

「ほんと気分悪いんだよ。この時期からもうコンビニでも何処でもハロウィンムード出して来てさあ……」
「それが何かあるんですか?」

日本の行事ムードが足早すぎるのは毎年のことで、ハロウィンなんて何のためのお祭りか知らずに楽しむのも多くの日本人の共通事項だ。寧ろこの女好きであれば、仮装にかこつけたコスプレ(女性のもの限定)を楽しみにしているイメージしかないのだが。

「ハロウィン自体は良いんだよ……問題はあれだよ、もうあっちこっちで見かけるあのカボチャ……!」
「ああ、ジャックオーランタン」

ちょっと愛嬌のある顔の形がくり抜かれた、オレンジ色のカボチャがぽんと頭に浮かぶ。確かに、この時期から既にコンビニでもスーパーでもデパートでも見かけるシンボルだ。
首を傾げるものの、何やら憤懣やるかたない風情の白澤は「ああもう思い出したら腹立ってきた!」とまた癪を起こし始めた。溜息を吐いた桃太郎が、「あのですね」と耳打ちしてくる。

「ジャックオーランタンって、亡者が持ってる灯りのことなんですよ。で、中国語で幽霊って『鬼』っていうんです。そんでもって『鬼』に『灯り』っていうと」
「ああ! 鬼灯さん!」
「今その名前出さないで!!」

悲鳴を上げる白澤だが、これはもう話題を掘り進めた本人のせいだろう。ぽん、と手を打って見せれば、更に苛々して頭を掻き毟り始める白澤。あんまり爪を立てると頭皮が傷ついて禿げてしまいそうだ。

「……あー。でもそっか、だからか」

合点した様子で何度も頷くと、「少し静かにしてくださいよ」と店主を叱った桃太郎が頷いて見せる。

「そうなんですよ。それをうっかり本人に教えられたモンだから……」
「あ、いえ、そういう意味じゃなくて」

「鬼灯さんが私にこれ持たせたの、そういうことだったんだーって」

と、言いながら取り出して見せたのは、手のひら大の小ぶりなカボチャ。ご丁寧にヨーロッパ産のオレンジ色のもので、やはりきちんと顔がくり抜かれていて。

「ちなみにご本人制作です。めっちゃ上手いですよね」
「ちくしょおおおおおお!!」

まるで水に揚がったマグロのように、床に転がってびたんびたんと暴れ出す白澤。火に油どころか重油を注がれたかのような店主の様子に、鎮火まで付き添わなければならない桃太郎は更に深々と溜息を吐いたのだった。
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