▼ 小競
こうなると海賊ってよかただのチンピラだよね。……ってことで宿に引き返そうと思ったんだけども、それはやっぱり出来ませんでした。チンピラはこういうとこ目ざとくて困るわー。
「オイオイオイ姉ちゃん! そこ動くんじゃねえぞ!」
「何帰ろうとしてんだコラ!! うちの船長にンな真似してただで済むと思うなよ!?」
ちっ。面倒くさい。ていうか揃いもそろって酒臭い。
「ただで済む? あんた等こそ何様のつもりなのよ。人が気持よく食事してるとこ邪魔してきて。寧ろあんた等こそあたしに詫びの一つでもあって然るべきでしょーが」
こうなったらもう大人しくしてる方が損である。椅子を回転させてそっちに向き直る。そんで立ちあがる。座ったままだと飛びかかられたら不利だからだ。
「ああ゛!? 何かましてんだテメエ!」
「調子乗ってんじゃねーぞ!! 俺たちを誰だと思ってやがる!?」
「はあ? 知らないわよあんたらみたいなチンピラ。揃いもそろってきったない顔して公共の福祉乱してる分際で。そんな顔覚えるくらいなら今日トイレに行った回数でも覚えた方がマシってもんよ」
ぶほっっ。と誰かが吹きだす音がした。そんなに面白いことを言った覚えはない。
「何だとォ!!?」
「このアマ! 舐め腐りやがって!!」
いよいよいきり立った酔っ払い連中が武器を抜く。ピストルにカトラス、ナイフに手斧。対するあたしは腰のロングソード……ではなく、食べ損ねていた数粒のピスタチオ。それを手の中に握りこんで、タイミングを待つ。
「かかれ!!」
ご丁寧に号令をかけやがった1人、それから一番前の2人とピストル持ってた3人。狙うのは額や頬や首。ちょっとばかし人間には鍛えにくいところだ。短く上がる悲鳴。勿論こんな傷では荒れたチンピラは止められない。
あたしが狙うのは、この後。
「テメエ……痛っつ!」
攻撃されたとやっと認識した奴が、改めてあたしにナイフを向ける。が、遅い。ナッツ一粒ぶつけられたにしては、やたらと傷んだのだろう額にやった奴の手には……あらあら不思議、あり得ない程血がべっとり。
「いっ、痛ぇ! イテテテッ!」
「裂ける! 裂ける!!」
「ぎゃあああ!!」
ぶしゅうっ、と首に当たったやつの傷がぱっくり裂けて血が噴き出す。ついでに額。頭や首ってのは血管が集中してるから、浅い傷でも血が出やすいのだ。ちなみに首は頸動脈を避けてるので死にはしない。
「て、テメエ何しやがった!?」
びりびりと少しずつ傷が裂けていく痛みってのはなかなかのモンじゃなかろーか。……ちなみにあたしは別にSじゃない。サディストってのはあたしの伯母さ……いややっぱ何でもないわ。
何しやがったって見てわからんのかね、と思いつつ、あたしは応えずに親指で店の出口を指差す。にんまりと笑いながら、口の中で呪文を唱え続けることはやめない。ほらほらほら、早く出てかないともっと裂けちゃうよー。
「畜生! おっ、お、覚えてやがれ!!」
やだ。
嫌味でひらひら手ぇ振るあたし。乱暴に仲間と船長のオッサン抱えて逃げてくチンピラ二十数名。……あ、いけね。
「ぶへらっ!!」
出遅れた奴の足を引っ掛けて転ばせる。いかんいかん、全員逃がすトコだった。
「なっ、何しやが……!」
「何しやがる? 正気で言ってんの?」
自分らが今何をしようとしたのかまるで分かってないらしい。信じがたいったらありゃしない。人間の屑か。
「会計忘れた振りしようったってそうはいかないわよ」
「……は?」
「は? じゃねーわよ」
あのチンピラ海賊共、誰一人お代払ってないし。万が一にもあたしが払うことになったら最悪だし。何より食べた分は食べた本人たちが払うのが当然なわけで。
そしてこいつが一味の財布係なのはわかってる。一人だけアルコール臭がしなかったからだ。海賊が酒を飲まないなんて滅多にあることじゃない。よほどの下戸じゃなけりゃ、水代わりに酒を飲むモンなんだから。
「あたしね、食い逃げって最低だと思うの」
にーっこり笑うあたしの前で、武器も構えてないのに青くなるチンピラZ(最後なのでなんとなくZ)。ガクガク震える奴の財布を抜きとり、「店員さんお勘定ー」とあたしが払ってやることにした。ついでに万札を数枚引き抜いておく。泥棒ではない。正当な迷惑料だ。
中身のすっからかんになった財布をポケットにねじ込む。そんでもって店のドアまで引っ張って、さくっと突き飛ばす。
「はい、サヨナラ!」
大掃除終了。いやあ、今日もいい仕事したわー、自分。