血潮より濃く、光より目映き | ナノ


▼ 迷惑

オーラと言えばいいのか、そこにいるだけで人がつい見てしまうような、『持っている』人間ってのは世の中にいる。それが意図的なものか否かはおいといて、ある人はそれを『カリスマ性』と呼ぶ。海賊船の船長ってのは、大概少なかれそういうものを持ってるタイプが多いと思う。……まあ、持論だけど。

「おい、俺あいつ知ってるぞ……」

ほんのコンマ数秒静まり返った店の中が、やがて漣のようにざわざわし出す。

「俺も新聞で見た」
「あいつ、アレだろ? 『死の外科医』」
「トラファルガー・ロー!?」
「懸賞金1億超えの大型ルーキーじゃねえか! 本物か?」
「もう2億だぜ。手配書更新されてたからな」

本人たちは多分自分たちだけの内緒話のつもりなんだろうが、ひそひそ話ってのはえてして普通に喋るより聞こえやすいもんである。現に、カウンター席にいるあたしにも筒抜けなんだから、入口からぽっかり空いたソファ席に座ったご本人たちに聞こえていないわけもない。
が、多分御一行はそんなこと慣れてるんだろう。足音にも声にも苛立った様子を見せないまま、各々好き勝手に料理やら酒やらを注文し出した。

「なあなあ、アザラシ肉ない?」
「あ、アザラシはちょっと……」
「ちぇーっ。じゃあクジラ肉は?」
「く、クジラでしたら……」

「……ちっ、たかがルーキーがでかい顔しやがって」

どういう会話だ。というか何故アザラシ肉なんて単語が出てくる。
気になってちらっと振り返る。なるべくさりげなく、髪で顔の隠れる程度にこそっと。
……え、何アレ。

「白熊……?」
「仕切り直そうぜ嬢ちゃん、怖い海賊から守ってやるよ」

思わず(口の形だけだが)呟いてしまったあたしは悪くない。だってちょっと待って、白熊だよ白熊。どうあがいても白熊。オレンジのツナギ着こんで、やたらと長い刀を抱えている。つぶらな瞳が妙にチャーミングだ。……え、白熊、だよね。着ぐるみ?

「おい、いい加減何とか言えよ」
「あ、あとマンゴージュース飲みてぇ!」

ぶほっ。吹きだしかけて口元を押さえる。
マンゴー……白熊がマンゴー……さっきまでアザラシとか言ってたのにマンゴー……うぷぷぷぷっ!

「おい、嬢ちゃん」
「白熊がマンゴーかよ!」

仲間っぽいグラサンかけたにーちゃんがツッコむ。ありがとう名も知らぬにーちゃん。あたしや他の人たちの気持ちを代弁してくれて。

「嬢ちゃんよぉ、無視はよくねえだろ?」
「白熊がマンゴー好きですいません……」

打たれ弱っっ。……つーか。

「おい! 聞いてんのか嬢ちゃん!」

取り敢えず肩組んでくるのやめろ。

「返事ぐらい……ん? 何だ嬢ちゃん、どっかで見た顔だn」

酒臭いんだよこのメタボが!!

「ギャごっっ!!」

中身の少ないピスタチオの皿……は、割れそうなのでやめた。その代わり振り返りざまの遠心力を載せて、しゃがみ込んでいたオッサンの額めがけて打ちだしたのは渾身の肘鉄。
見事にクリーンヒットしたらしく、オッサンはそのまま仰向けになってぶっ倒れた。

「きゃあ!」

近くのテーブルがまるまる被害を受けたが気にしない。だってそのテーブルこのオッサン一味のやつだし。

「せ、船長――!!?」
「大丈夫ですか!?」

あ、ちょっとまずったかも知んない。

「てめえこのアマ! うちの船長に何しやがる!!」

……あーあーあー、聞きたくない、聞きたくなーい!

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