血潮より濃く、光より目映き | ナノ


▼ 美食

街中から香ばしい匂い、甘い匂い、肉の焼ける良い匂いがする。
あっちにもこっちにも立ち並ぶトラットリオやリストランテの看板。バーも沢山。隣の道には屋台が所狭しと並んでいて、そりゃあもう食欲をこれでもかとそそってくる。

「あーもう……幸せ!」

そこの屋台で買ったドネルケバブと、ついでに此処の特産だっていうフルーツジュースを抱えたあたしは大満足だ。この羊肉本当に美味しい。何シープって言ったっけ、こんな臭みのないマトン初めてだわ。美味い。

「そこのお嬢さん! うちのも食べてかないかい?」
「幾らまでならまけてくれる?」
「あっはっはっは!! 参ったないきなり値下げ交渉か!」

屋台でも容赦はしませんが、何か。

「うまーい!」

ワンタンの浮かんだスープはちょっと胡椒が効いててピリリと辛い。けど美味い。多分鳥の骨だけど、出汁が凄いよく出てる。美味い。
あたしが思うに、美味いものを食べるのに蘊蓄は不要だ。美味しいか不味いか。それさえ分かれば食事は充分楽しい。

「お嬢ちゃん! こっちもどうだい!?」
「うちの方が安いよ!」
「まいどありー! ……って姉ちゃん、どっかで見た顔だなあ?」
「お尋ね者だろ? そんな剣なんか持ってさ!」
「この街は観光地だから海賊も多いんだ! 絡まれねえように注意しろよ!」
「はいはい。ありがとー」

余計な御世話だ。とは思いつつも営業スマイル片手に屋台を食べ歩く。とりあえず全部手当たり次第に食べていく。元の値段では絶対買わないけど。

「ねえ、この辺で一番お酒の美味しい店って何処?」
「酒? 何だ姉ちゃん、意外とイケる口か?」
「それなりにね。まあ果実酒とかの方がビールより好きだけど、あと出来るだけ静かに飲みたいから大衆居酒屋は嫌かな」
「はっはっは! そりゃあそうだろうな! 姉ちゃんみたいなのが一人でンなトコいりゃ、うるせえ男どもがほっとかねえ!」

声がでかいわオッサン。しかし店の情報はゲット。やっぱり一人酒は静かに飲みたいのだ。品のない海賊とか身の程知らずの賞金稼ぎの顔は見たくない。

「あ、あと換金所の場所とか知ってる?」
「換金所?」
「っそ。この荷物どうにかしたくて」

ウォーターセブンから来る途中、鬱陶しいことに砲撃してきた海賊船から根こそぎ奪ってきたお宝だ。ちなみに船はもう沈めた。懸賞金5000万とか言ってたけど、この間跳ね上がった麦わらや自分の手配書の額見てるから驚きも無い。この金銭感覚の狂いはどうにかせにゃならんと思ってる。

「換金所ならあっちの方にあるが……正直おすすめしねえぞ。チンピラが多いからな」
「じゃあチンピラのいないところの場所教えてよ」
「そこにあんのがうちの唯一だよ。あとはあってもぼったくりばっかだ」
「……ふーん。まあ良いけど。ありがとオッサン、取り敢えず行ってみる」
「おう……ってオッサン!?」

なかなかノリが良いなおっちゃん。俺はまだ若い! とか怒鳴ってるオッサンに手を振って別れる。まあぼったくりだろうとこっちは妥協しないけどね。損するくらいなら此処で換金しなきゃいいんだし。
……んあ?

「だ、誰か!! その人捕まえてー!!」

ひったくりです!! なーんて聞こえたから見てみれば、見るからに頭の悪そうなチンピラが、明らかに女もののハンドバッグを持って走ってきている。そしてそれを十数メートル離れて追いかける、でももう転びそうな……あ、転んだ。とにかくお金持ちっぽいお上品そうなおねーちゃん。あーあ可哀想に。

「……」

ところで、以前にも一度言った通り、あたしのモットーは『悪人に人権は無い』である。直接迷惑をかけられてなくとも賊は賊。そしてあたしの前でひったくりなんぞ卑劣な真似をした奴に人権なんぞあるわきゃない。
そういうわけで、あたしは腰に差していたロングソードを鞘ごと抜いた。で、馬鹿っぽく刃物を振り回しながら走ってるひったくりの前に立つ。っていうか馬鹿だよねこいつ。上半身でそんな無駄な動きしてりゃスピードが落ちるでしょうが。……もう遅いけど。

「どけぇぇぇぇ!!」

誰がどくかアホウ。なんてわざわざ言ってやるわけもなく、あたしは無言のまま剣を振りかぶり、ひったくり野郎の顔面めがけてフルスイング!

「ぶごっっ」

ぐごめきょっ、と何か人体からしちゃいけない類の音がした気がしたけど、ミュリーちゃんよくわかんなーい! 取り敢えずひったくりとか滅べばいいと思う。
つーかマジこの程度で済んで感謝た方が良い。母ちゃんなら問答無用で轟風弾(ウインド・ブリット)だかんね。

「あ、あの……ありがとうございます」
「いいえー」

にこにこ愛想笑いしつつ、ひったくりの握ってたハンドバッグを差しだす。本来ならお礼の一割でも貰うトコだが、世間知らずそうな姉ちゃんだし勘弁してやろう。決して、ひったくり野郎のズボンから出てきた本人の財布に意外と大金が入っていたからではない。うん。
ちなみにこれは迷惑料としてあたしが貰っておく。こういうとこで窃盗するなんぞ間違いなく常習だし、しばらく豚箱入るならお金なくても生きてけるでしょ。

「何かお礼を……」
「そこの屋台奢ってくれます?」
「え?」
「お礼なら食べ物が嬉しいんです。此処何でもおいしくて、お財布がそろそろヤバくて」

まあまだあるけどね。臨時収入もあったし。

「そんなことでしたら、是非」
「わっほーい! ありがとおねーさん!」

さっすがお嬢様は違うね。気前が良い。今日は良い一日だ。
……と、逆上せ上っていたあたしは気付かなかった。

「へえ」

好奇に満ちた視線を他の大勢と一緒になって向けながら、にんまりと底意地悪く笑った男の存在に。

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