血潮より濃く、光より目映き | ナノ


▼ 不明

「御託はいいからかかって来なさいよ。あたしの時間をこれ以上無駄にさせないで欲しいわね」

なーんて、全力で喧嘩を売ったのがほんの1分、いや20秒前。

「爆裂陣(メガ・ブランド)!」

粋がって一斉に飛びかかってくれちゃったおかげで、あたしが放った術はたったの一発。それだけで大柄な男共が盛大に吹っ飛んでくれたので、むしゃくしゃし通しだったあたしはようやく少しばかり溜飲を下げることに成功したと言っていい。
これでお宝のひとつでも手に入れば言うことはないんだけどね……どうせなら財布でも置いていかせるんだった。そしたら晩ご飯の足しくらいにはなったのに。

「鬼かテメエは」

呆れきった目であたしを見下ろすトラファルガーの視線が喧しい。

「どうせその辺の人から巻き上げた金でしょ。そのまま持たせてたってロクな使われ方されないんだし、それならあたしが回収して有効利用してあげる方が世のためってモンでしょーが」
「お前が使ってもロクなもんじゃなさそうだけどね」
「だまらっしゃい」

本当にアンタあたしに喧嘩売るの好きだな。

「……っていうか、あたしは一体何処まで付き合ってやればいいわけ?」

好い加減ひとりにして欲しいんだけど。しかも何か今のところ目的もなしにぶらぶらしてる感じだし、用事も無いんだったら尚更あたしを連れ回すのは止めて欲しい。ていうか用事があってもやめろ、マジで。
……と、ジト目で睨み付けてやると、トラファルガーはわざとらしくきょとんとした顔(何かちょっと幼い)をして見せる。

「最初に『着いてこい』っつっただろ。何言ってンだ?」
「いやいやいや、こっちの科白だわよそれ」

確かに言われたけどね。だけどそれにしたって何でアンタとあたしがふたりっきりなのよ。さっきの馬鹿も言ってたけど、部下も連れないでこの状況っておかしいでしょ。仮にもアンタあたしの心臓持ってんでしょーが。誰かにうっかり取られたらどうしてくれんのって話よ。

「女連れを自慢したいなら他当たんなさいよ、あんたの箔付けのお飾りには役者不足なんじゃない?」

というわけで、ちょっとばかしあたしらしくない謙遜(笑)も口にしてみたりする。
一応自己弁護するなら、あたしはあたしを不細工だとも人並みだと思ったこともない。寧ろ父ちゃん母ちゃんのいいとこ取りの美少女だという自覚はある。上中下で分けるなら、最低での上の下には入るのは間違いない。
が、正直例えば『麦わら』のナミやロビンみたいな、同性のあたしでもクラッと来ちゃうような美女もこの世界にはゴロゴロいるし、何より彼女たちの……うん、認める、プロポーションは、残念ながらあたしには欠片も無い。哀しいかな、インバース(母ちゃんの旧姓)家の女は色気とは無縁なのである。あのルナさんだって正直胸元は寂し……あ、ごめんなさいごめんなさい何でも無いですあたしは何も言ってません。

「? おいどうした、顔色悪ィぜ?」
「……別に」

ううっ、何か考えちゃいけないことまで考えてしまった。

「愛想の無ェ女」
「お互い様でしょ」

笑ってもあくどい顔しかしないくせに、そっちこそ無愛想の権化じゃないのかっての。

「大体な、箔付けたァ随分な言い草だな。俺がアンタをそんなことのために連れ歩いてると思ってンのか?」

物凄く心外だ、と言わんばかりの顰めっ面。ちょっとこの顔は予想外。あたしはちょっと驚いてしまった。

「他に理由が思いつかなかっただけよ。アンタこそ、自分でしかけたゲーム忘れてんじゃないでしょーね」

トラファルガーが持っているあたしの心臓。次の島までに取り返せればあたしの勝ち。最近はちょっと抑え気味とはいっても、当然あたしは勝負を諦めたわけじゃない。こいつの『言うこと』なんて碌でもないモンに決まってるし、何より命を他人に握られてるっていう状況を真面目に考えると、寒気より先に気持ち悪いくらい窮屈な気分になる。
元々、誰かの下でどうこうなんてことが全然出来ないあたしだ。いざとなればトラファルガーを殺してでも心臓を取り返す覚悟くらいはある。旅のさなか、あたしが手にかけた人間の数は決して少なくない。それが敵であれば、躊躇いなんてない。……ある筈が、無い。

「忘れるかよ」

トラファルガーの返答は、まあ『淡々と』してた。感情が乗らないっていうか、押し殺されているって言えばいいのか。ちらっと見た横顔も表情はなかった。相変わらずあんまり宜しくない顔色だけど、やっぱり小憎たらしいほど綺麗な顔をしてる。横顔が綺麗な奴ってのは、本当に綺麗な奴なのだ。ムカツクけど、黙ってれば芸術品みたいにこの男は格好いい。
……ホント、黙ってればただのイイ男。それだけは認める。うん。

「ミュリエル」

急に呼ばれた名前に、反応が一拍遅れてしまった。咄嗟に「……何」なんて返事してみたものの、何か自分でもビックリするほど不機嫌っぽい声が出た。別にそこまで機嫌悪いつもり無かったんだけど。

「お前、船降りたらどうすんだ」

は?

「それ、前も聞いてこなかった?」

聞いてきたでしょ、答えた記憶あるし。胡乱げに聞き返すしたあたしに、トラファルガーはちょっと珍しい顔をした。視線を明後日の方向に逸らして、何だか考えるっていうか、言葉を選ぼうとしているみたいな顔。傲岸な普段とは違う、何か子供っぽい顔だ。

「質問を変える」
「あっそ。何」
「……ミュリエル」

ガリガリと帽子の上から頭を掻く。この動作も何か新鮮だった。あんまりこういうことやるイメージなかったんだけど、一体今日のこいつはどうしちゃったんだろう。

「だから、何よ」

気にはなるものの、焦らされ続けるあたしの身にもなって欲しい。若干苛々してきたのでせっついてみる。するとトラファルガーは唾を飲み込んだのか、喉仏の目立つ(やけに色っぽい)喉を少し動かして、だけど視線は寄越さないままあたしに問うた。

「お前、まだ船を降りてェのか?」

……。

「……はァ、あ?」

聞き返したあたしの声の、まあその頓狂なこと。特大のクエスチョンマークを頭に浮かべたあたしの顔は、きっと稀に見るほどに間抜けだったことだろう。

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