血潮より濃く、光より目映き | ナノ


▼ 発散

調子が狂う。普段通りにしたいのに、その普段が思い出せない。
いつものあたし。いつもって何? いや寧ろ、

――あたしって、どんなん?

……って、哲学者じゃないんだっての。とセルフツッコミを入れてみる。
空は快晴、季節は晩春って感じ。走れば汗ばみそうだけど、普通に過ごしてれば過ごしやすい気候。こういうところって食べ物が美味しいのよね……普通のトコでさえあれば。

「おい」
「……」
「おい」
「……」
「聞いてんのか、ミュリエル」
「っぁ」

後ろから結構な力で肩を掴まれたあたしは、折角前に進めようとしていた足を片っぽちゅうぶらりんにして立ち止まらされてしまった。首だけ後ろに回して振り返ると、そこには予想通りの小憎たらしい美形がこっちを見下ろしている。くっそう、その身長が憎い。

「何よいきなり」
「何じゃねえよ。前見ろ馬鹿」
「誰が馬鹿よ。……余計な世話焼かないでくれる?」
「フフッ」

ぶらん、とさせたあたしの右足。その先。階段を誂えるならこの半分の高さにすべきってくらいの段差を見下ろす。気づかないで落ちたらそれなりにダメージを受けそうな石畳のそれに、あたしは小さく舌打ちした。
嗚呼、いつからこんな萌え要素の無いドジっ子みたいになったんだか、あたし。

「世話されたくねえってんなら、せめてそのアホ面で歩くの止めろよ」
「誰がアホ面よ。……あんたこそ、その無駄に長い脚縺れさせないように気をつければ?」
「そりゃどーも」

ふふんと鼻を鳴らすトラファルガーは今日も今日とて余裕綽々だ。あたしの心臓を持っているからこその余裕なのか、それともこれがヤツなりの処世術なのかは正直微妙なところだと思う。……あ、単なる素っていう選択肢が一番可能性あるか。
余裕を崩さない。傲岸不遜で他人の反発を買いやすい態度。まあ確かに、荒くれ者としては標準装備だと思う。というかこいつが物腰柔らかだったり他人様にへりくだったりするところは全然想像出来ないし、想像しようとするだけで寒イボ出そうだけど。

「……にしても、随分余裕ね」
「あ?」
「この状況」

海賊船に限らず船の船長なんて、護衛も兼ねて部下を何人か同伴させるのが陸を歩くときの常だけど、今こいつの周りには誰もいない。シャチやペンギンみたいな側近っぽい奴らは勿論、普段は得物のくっそ長い刀(鬼哭とか言うらしい)を預けるベポまでも。
……いるのはあたしだけ。こいつの部下でも何でもない、隙あらば心臓を取り返そうとしている、他人のあたし、ただひとり。まあでも、

「女とふたりっきりなんざ随分余裕だな、トラファルガー・ロー」

現在進行形で絡んできてるこいつ等も入れたら、それなりな人数にはなるわね。

「部下の1人もいねェとは好都合。テメエの億の首、貰うぞ」
「……へえ」

お前らそういうテンプレでもあんの? って聞きたくなるようなチンピラそのまんまの格好だからわかりにくいけど、この物言いからするに多分こいつらは海賊じゃなく賞金稼ぎだろう。今目の前にいるのは3人、後ろを取ってきたのが2人。一応取り囲まれてるってことだろう。

「ちょっと、何で肩抱いてくんのよ」

が、そんなことよりあたしが気になるのは、さも当然のようにあたしの肩に手を回してるトラファルガーだ。いや、さっき肩掴まれてたけどそれはそれで良いでしょ。何で手を退けないわけ。ていうか密着するなコラ!!

「照れんなよ、ミュリエル」
「照れてねーわよ!!」

これの何処をどう見たら照れてるって発想になるってのよ全く。ていうか人をからかうのも好い加減にしろ馬鹿!! すけべ!!

「ミュリエル……?」
「どっかで聞いたことあるような……」

周りでギャラリーがぐちゃぐちゃくっちゃべてるけど突っ込むのも面倒臭い。あたしは思いっきりトラファルガーの腕をたたき落とした。

「べったべたべったべた暑苦しいっての! 人をアンタの女扱いしないでくんない!?」
「相変わらずつれねェな。陸地でくらい素直になっても罰はあたんねェだろ?」
「素直過ぎて自分でもびっくりするくらい本音で喋ってるわよ今! 大体アンタ相手につれて堪るかってのよ!」
「の、割にゃ顔真っ赤だぜ?」

あああ゛もう!! ああ言えばこう言う!!

「怒りで頭に血ィ昇ってんのよ言わせんな!!」

があっと吠えて距離を取る。無意識に斬妖剣を取っちゃうのは此処が屋外だからだ。仮にも自分の心臓を握ってるヤツにする態度ではないと思うけど、あたしに危害を加える気ならこんな面倒臭いゲームは仕掛けてこない筈だから、あたしもこいつ相手に遠慮なんかしない。意図は相変わらず計りかねるけど、こいつにはこいつなりの遵守すべきルールがあるっていうことは、この短い期間でも何とか分かっていた。

「おい! いちゃついてんじゃねえぞ!!」
「……はあ?」

馬鹿じゃないのかこいつら。これの何処がいちゃついてるって? ていうかこいつらには、あたしとこいつが恋人同士にでも見えてるのか。

「常夏の島だからって頭まで沸かせる必要ないんじゃない? それとも何、女日照りで見境なくなってるだけ? ま、見たトコどう頑張っても女の子の好きそうな顔じゃあないけどね、全員」

少なくともあたしの好みではない。まあ、あたし自身結構面食いって自覚はあるけど。

「このアマ……!!」

お? 来ちゃう? 来ちゃう? 揃いも揃って気色ばんじゃって、沸点低いわねー……こらそこ、お前が言うなとか言わない。

「っていうかこんな街中で暴れる気? 良い度胸だわねこいつ等」
「こういう島なんだろ。何処を見ても堅気らしい奴らがいねえ」
「……それはそうね。じゃあ、」

右を見ても左を見てもチンピラ、チンピラ、海賊、チンピラ、賞金稼ぎ。近くに海軍の駐屯所もあるって話だけど、果たして通報されているのかどうかも微妙だ。

「此処であたしが暴れても、問題にはならないってことね……トラファルガー、手ぇ出さないでよ」

腰の斬妖剣を抜いたあたしに殺気が集まる。被虐趣味なんか欠片もないあたしだけど、こういう状況にゾクゾクしちゃうのは仕方ない。
……結局どんなに取り繕ったって、派手な喧嘩をかますのが、あたしは決して嫌いじゃないのだ。

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