血潮より濃く、光より目映き | ナノ


▼ 到着

ぐるぐるするっていうか、もやもやする? 自分で自分がよくわかんなくて、少し苛々。あたしってこんなイチイチ悩むタイプだっけ、なんて考えたりもして、軽く自己嫌悪。ていうかこんな自分探しみたいな不毛な思考、あたしがすること自体結構驚きなんだけど。

「はぁーあ……」

ふかーく溜息。幸せが一気に逃げそうだけど、そんなの今はどうだって良い。溜息ついたところで気持ちが上向くわけでもないけど、このぐだぐだと蜷局巻いた心持ちをちょっとでも軽くしたかった。ならなかったけど。

「ばっかみたい」

肩を竦めて睨む。1人が寝たり着替えたりする分にはまあ十分、ってくらいの広さしか無いこの部屋は、大概雑魚寝を言いつけられてるハートの海賊団の中では破格の待遇らしい。まあ小数とはいえ20人近くいる船で、1人1人に部屋与えるわきゃ無いのは当然だけど。
今まではっていうか今も当然だと思ってるけど、本当自分だけのスペースってモンがあることには感謝した。こーんな訳の分かんないことで悩んでるのを、誰かに見られるなんて堪ったモンじゃない。

「はあ」

ていうか、そもそも何であたしはこんなに悩んでるんだっけ。
ごろんとベッドに寝転んだまま、あたしは何とはなしに右手を持ち上げる。手袋も何もつけていない、剥き出しの手。剣の胝はあるし、爪も深爪気味に切ってる、お世辞にもあんまり綺麗ではない、見慣れたあたしの手。
指先から少しずつ視線を落として、指の付け根、手のひら。ひっくり返して手の甲。その下の手首。……つい昨日、トラファルガーに掴まれた。

「何で」

呟いたのは無意識だった。

「……平気だったのよね」

あたしは決して潔癖症じゃない。潔癖症に一人旅なんか出来ない。人並みの衛生観念はあると思うけど、サバイバルだってやるくらいの胆力はある。
ただあたしは、人肌が苦手だった。人と一緒に何かをやるのが苦手なのと同じくらい、肌と肌が触れあう感覚が駄目だった。
父ちゃんとは当たり前に繋げた手を、故郷の幼馴染みに差し出すのは何だか嫌だった。母ちゃんに髪を弄られるのは好きだったのに、髪についたゴミを誰かに取られることにすら一瞬身体が強張った。
誰かに触ることも、触れることも好きじゃない。難儀な性格だって、自分でも分かってる。けど直す気もなかったし、それで特別不便や不幸を感じたこともなかった。それなのに、

――トラファルガーは、平気だった。

皮膚同士がふれあう感覚。決して色気があるものじゃなかった。あたしがただドジ踏んで、あいつが咄嗟に手を伸ばしただけ。なのに、
ひんやりとした手のひらの感触が、どうしてか焼き付いて離れない。

「……トラファルガー」

あたしは――……

「何だ? ミュリエル」

んげっっ!?

「ちょっ……何!? 何勝手に人の部屋入って来てんのよ!?」

カエルでも踏んづけたみたいな変な声が出かけたけど、そこは女子的な沽券的な何かでぐっと堪えた。さすがあたし。ちなみに母ちゃんはまだ出会ったばっかの父ちゃんの前でポタージュスープに顔を突っ込んだことがあったらしい。あたしは流石にそこまでではない……と、思いたい。思いたいだけかもだけど。

「ノックはしたぞ」
「……聞いてないわよ」
「じゃあお前の耳の問題だな。もしくは頭か」
「あんですって!?」

嘘ぶっこくな。あたしはノックなんか聞いてない! ……と反論してみるものの、トラファルガーはそれ以上反論する気も無いみたいに肩を竦めて見せた。何か駄々捏ねている子供をあしらうみたいな顔。
……あー、これ本当にノックはしてたんだわ。単純にあたしが聞いてなかっただけ? こんな気もそぞろでどーすんのあたし。馬鹿じゃないんだから。

「……ていうか、何の用?」

かといって、素直に謝るのは癪。我ながら人としてどうかと思わんでもないけど、『自覚すれども反省せず』が染みついてるあたしには無理な話。こいつも特に気にしてないらしく(もう気にしないことにしてるんだろうけど)、あたしの態度に気を悪くした様子も無い。
……ていうか少しは気ぃ悪くしてみせれば可愛げもあるってのにね、まったく。

「何だお前、気づいてないのか?」
「は? 何が?」

そういえば、なーんか遠くから聞こえるクルー共の声がうっさいような気がするけど。

「今日は本気で抜けてンな。具合でも悪ぃのか」
「っ……!?」

ひた、とおでこの辺りに冷たい感触。……体温の低い、皮膚のそれ。トラファルガーがあたしよりずっとでっかい手をわざわざあたしのデコに当ててるんだと認識したのは、たっぷり5秒経ってからだった。

「ちょ、ちょっと……!!」
「熱は無ェな」

ああもう! 「何すんのよ!」と怒鳴ることも出来ないあたしのこの体たらく!
トラファルガーはやけに神妙な顔で手を退けると、「診察するか?」なーんて妙に親切っぽいことを言ってくる。

「要らないわよ」

別に体調が悪いわけじゃ無い。ちょっと調子がおかしいだけ。熱もなけりゃ何処か痛いわけでもない。ただ本当に、あたしがおかしいだけ。意味分かんないけど、本当に。

「ちょっと色々考えてるだけ。あんたが首突っ込むことじゃないわ」

寧ろ半分くらいあんたが引っかき回してるんだっての。なんて言えたらどんなにすっきりするか分かんないけど、流石に理不尽すぎるのは分かってる。あーもう、わけわかんない。本当に何、あたし、何がしたいの。

「で、ホント何なの? まさか冷やかしか何かなわけ?」
「ンなわけねえだろ」

いつまで経っても出てこねェから呼びに来てやったんだよ。そんなことを言ってのけたトラファルガーに、あたしの頭上に浮かぶクエスチョンマーク。呼びに来たって何よ。

「本気で気づいてなかったのか」

驚いたような呆れたようなトラファルガーが、くい、と親指で扉の方を差した。

「島に着いたんだよ。アンタも一緒に来い」
「は?」

思わず飛び出たあたしの頓狂な声。対するトラファルガーはさも当然と言わんばかりで、あたしはますます顔を顰めたのだった。

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