血潮より濃く、光より目映き | ナノ


▼ 慰労

「お、おいミュリエル……?」

普段は空気読まない奴の筆頭みたいなシャチが、上擦った声であたしを呼ぶ。あたしの不機嫌の種類がいつもと違うってことが、何となく伝わってるらしい。

「……」

ついでに言うなら、トラファルガーもいつになく動揺が顔に出てた。普段からこうなら少しは可愛げあるってのにね。

「――悪いけど、夕飯まで寝るわ。起こしたらぶっ飛ばすからね」

いたたまれない、なんて殊勝な気持ちは無い。単純に此処に居たくないって気持ちのまま、あたしは食堂を出た。
腹いせに手が付けられて無かったワインボトルを一本貰っちゃったけど、多分気づかれてない。何かまだむかむかしてるし、一寝入りする前のナイトキャップ(夜じゃないけど)にしちゃおう。

「っあー、もう!」

……え? 普通ワインは寝酒にしない? うっさいわねあたしの勝手でしょ。

「鳥肌消えないじゃない……! 気持ち悪いったら無いわホント」

自分のぶつぶつが浮いた二の腕をさするけど、効果は今ひとつ。そりゃそうだ。あたしは一応宛がわれている個室(何か元々は物置だったらしい。乙女に何て場所を宛がうんだか)の、まあギリギリ『粗末』って言葉は使われない、程度のベッドに腰掛けた。
ワインボトルのコルクを飛ばして、そのまま行儀は悪いけど喇叭飲み。あ、美味しいけどちょっと酸っぱい。結構新しい奴だったのね、これ。もうちょっと熟成を待つべきだったわ。

「はあ……」

溜息1つ。青息吐息。なーんてちょっと黄昏れて見る。嗚呼、自分に酔ってるみたいで何か嫌だわ、こういうの。

「……」

そりゃあね、あたしだって何も知らない純粋培養じゃない。親は寧ろ『酸いも甘いも自分から噛み分けてこい』ってタイプだったし、大事にはされてたけど肝心な所で甘やかしたりはしなかったから。じゃなかったら、こんな若さで旅に慣れたりする筈も無い。
……まあ、今はそんなことどうでも良いんだけど。

「しょーがないじゃない」

男の『せーりげんしょー』とかだって、まあ理解はしてる。だけど、理解することと許容することは別問題だ。仕方ないって分かってるし、三大欲求が無い人間の方が不気味だっていうのも知ってる。

「しょーがないじゃない……嫌なモンは嫌なんだから」

知ってて分かってる上で、『受け入れられない』。
天才であっても美少女であっても、あたしは聖人君子じゃないんだから。

「……あたしが言ったこと聞いてなかったわけ?」

ぐぐっとワインをあおって呑み込んで、一息吐いてから口を開く。閉ざしたドアの向こう側で、気配が1つ隠れるのを止めた。はあ、とワインの香りがする溜息が、あたしの口から零れる。

「ベポ」

溜息つくと幸せが逃げるなんて言うけど、それならあたしの幸せは、今日1日だけでどんだけ逃げ出しちゃったんだろうか。

「ミュリエル……」

デカイ図体で小さい声で。オレンジツナギのシロクマがドアを開けて覗き込んでくる。これがシャチだったりトラファルガーだったりしたら轟風弾(ウインド・ブリット)でもぶちこんでやるとこだけど、こいつ相手じゃあたしもそんな気は起こらない。

「男が情けない声出してんじゃないわよ」

その代わり『起こすな』っつった(寝てないけど)あたしの言葉を10分もしないうちに無碍にした罰として、これ見よがしな溜息をついてやる。
……何であんたこのくらいでびくつくのよ、あたしが悪いことしてるみたいでしょーが。

「どうせ来たんなら中入んなさいよ。逆に鬱陶しい」
「う、ご、ごめん」
「……別に。ていうか、あたしもあんたに怒ってるわけじゃないしね」

そもそも、誰に怒ってるってわけでもないんだけど。そりゃ多少トラファルガーに対しては腹に据えかねるモンもあるけど、別にあいつが悪い……いや、まあ悪いけど、ホントならあたしが此処まで臍曲げる問題じゃないのは確かだから。
とはいえ、

「で、誰の命令で来たわけ? トラファルガー? それとも他の連中に押しつけられた?」

大方、あたしが他の連中に比べればベポに大して処置が甘いってことを分かってるからこその人選だろう。それにしたって、せめてもうちょっと時間は置いて欲しかったけど。
思わずジト目になったあたしに、ベポはぶんぶん首を横に振った。

「お、押しつけられたとかじゃないよ! ただ俺、ミュリエルが気になったから……」
「……ふーん?」
「ほ、ホントだよ! 船長だって命令なんかしてねえ!」

ホントに? と睨むあたし。ホントのホント、と頷くベポ。……まあこの分ならホントでしょうね。何か嘘吐けないタイプみたいだし、このシロクマ。
にしても、『船長』の不名誉になりそうと見るや否や、力強さも3割増しだ。一体どういう経緯でこの船に乗ってるのか知らないけど、トラファルガーも一応人望はあるらしい。ていうか、あいつはあたしにだけあんななのよね。ホント何のつもりなんだか。

「言っておくけど、トラファルガーに謝る気はないわよ」

自分の理不尽は多少自覚はあると言っても、反省する気は皆無だ。あたしは残ったワインを一気呑みする。後味は悪くないけど、やっぱりもう少し甘みが欲しかった。

「あ、あのさ、ミュリエル」
「何よ」
「ミュリエルは、船長が嫌い?」

……突然何を言い出すんだか。このシロクマちゃんは。

「大っ嫌い」
「えっ」
「って、言ったらどうする気? トラファルガーに報告する? それであたしの心臓握りつぶさないんなら別に良いわよ。痛くも痒くもないしね」

ていうかあっちこそ、あたしに嫌われたところで歯牙にもかけないでしょうに。

「そ、そんなことない……!」

空っぽのワインボトルをサイドテーブル(代わりの木箱)に置いたあたしに、ベポはふるりとまた首を横に振る。

「だって、だってミュリエル……あのさ、だって船長は……うわ!?」

ドォン。大砲の音がした。ついでに船が大きく揺れる。ベポがよろめいて、あたしも危うくベッドから転がり落ちそうになった。

「敵襲だ――ッッ!!」

誰かの怒号。それに呼応するような鬨の声。また大砲の音。……ったく、

「何でこんな時に来るのよ!」

シャチより空気読めないとか終わってるわね。あたしは吐き捨てて腰の剣を抜く。ベポがちょっと顔色を悪くしたけど、もうそんなことはどうでも良かった。

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