血潮より濃く、光より目映き | ナノ


▼ 落胆

『ねえ、母ちゃんは何で父ちゃんを好きになったの?』

と、あたしが母ちゃんに尋ねたのは、確かあたしがまだ5つかそのくらいの時だったと思う。そのときは父ちゃんも祖父ちゃんも外出してて、祖母ちゃんは店番で、ルナさんは仕事に出ていた。要するにその日は普段通りの日で、普段は多忙な母ちゃんが、どうして家に居たのかは……何でだろう。覚えていない。

『マセたこと聞くわね、ミュリー。なに、好きな男の子でも出来た?』

母ちゃんはからかうように聞いてきたけど、答えは否だった。今もそうだっていうと一部の連中には引かれそうだけど、あたしは未だに『恋』というものの味が分からない。

『ねえ、なんで? 父ちゃんが格好良かったから? それとも強かったから?』
『……びっくりした。意外とファザコンなのね、あんた』
『父ちゃんかっこいいよ。祖父ちゃんもだけど』
『あらそ。それ、あんま本人達に言うんじゃないわよ。めっちゃくちゃ調子乗るの目に見えてるから』

なんでなんでと身を乗り出したあたしに、母ちゃんは赤くなった顔を向け、林檎みたいになった頬を描いた。砂糖をそのまま口に含んでじゃりじゃりしたいみたいな、変な顔をしてた。勿論拳骨が落ちてくるから言わなかったけど。

『そうねえ。……正直言うわよミュリー。あたしもね、なんでかなんて分かんないのよ』
『えっ』
『そもそも初対面のときだって、別にそんな良い印象なかったのよ。ガウリィはあたしを助けたと思ってんだろうけど、あたしにとっては余計なお節介みたいな感じだったし。何よりあいつ、聞こえてないと思って人のコト随分色々言ってくれたしね!』

ドングリ眼だのぺ、ぺちゃぱいだのって。ぼそぼそとそう言った母ちゃんは、何か本気で恨みがましげだった。……けど、ドングリ眼はさておき、ぺちゃぱいはマジで地雷発言だったのに、そのときの母ちゃんは父ちゃんをぶっ飛ばさなかったらしい。珍しいこともあるもんだと、あたしは幼心に随分感心したモンだった。

『そこからガウリィが「光の剣」の持ち主だって分かって。で、あたしはそれがどうしても欲しかったのよね。それで……』

結局その日は父ちゃん達が帰るまで、母ちゃんの思い出話に終始した。母ちゃんは元々良く喋る方だけど、父ちゃんとの旅路の話をするときはもっと饒舌だった。あたしはそれを聞くのが凄く好きだったけど、でも最後まで聞いても何度聞いても、母ちゃんがいつ父ちゃんを好きになったのかは分からなかった。
脳味噌クラゲで、時々歯に衣着せなくて、暢気で、剣は一流だけど常識に疎い父ちゃん。しっかり者でお金に煩くて短気で、後先考えず魔術をぶっ放す母ちゃんとは、色んな意味で正反対。

『そんな劇的なモンなんて何も無かったわよ。一目惚れでも何でもなかったしね』

けど、2人は何だかんだでくっついて、結婚して、それであたしが生まれた。だから第一印象がどんなものであれ、きっと2人には何か運命的なものがあったんだろうと勝手に思ってた。
……って、正直に言ったあたしの頭を、母ちゃんは面白そうに撫でて笑って。

『いつか、ミュリーにも分かるわよ。……だからそれまで、せいぜいイイ女になって、イイ男捕まえられるようにしときなさい』

そんなことを言って、笑った。子供みたいな笑顔なのに、物凄く綺麗だった。出会って何年も経つのに、母ちゃんは今もきちんと父ちゃんに恋してて、父ちゃんを愛してるんだなと思った。
でもあたしには相変わらず、恋や愛が分からない。憧れはするけれど、羨ましいなと思うけど、でも。

あたしは――……。

 ◇◆

「俺は酒とか食いモンより、綺麗なネーチャンに会いてェな」
「あ、俺も俺も!」

そんな一言があたしの耳朶を叩いたのは、あたしがトラファルガーからカシューナッツの皿を取り返した直後だった。残った粒を口の中に詰め込んだあたしの頬を、面白そうに突こうとするトラファルガーの手を払いのける。ええい、気安く触るな!

「懲りてねェなお前ら。またケツの毛まで毟り取られんぞ」
「うっせえな! 俺は女の子の喜ぶ顔が見られれば満足なの!」
「但し美女で且つばいんぼいんに限る?」
「おうともさ!」
「うっわ言い切ったこいつ!」
「サイテーだ!!」

ブーイングを浴びせられながらも、口火を切った奴は割と平然としてるらしい。それどころか「お前らもそんなもんだろ?」と逆に尋ねて味方を増やしていた。うわあ最低。

「やっぱさー。ある程度荒れてるトコのがそういう店多いじゃん? 店多い方が可愛い子も多いしさー」
「お前手練れ女好きだもんなー。俺はどっちかっつーと素人のが良いけど」
「あ、俺も俺も」

嗚呼、何かもう嫌だ。口を挟む気はなかったんだけど、正直これ以上は聞いてらんない。

「っていうか、此処あたしも居るんだけど……」

いや、確かに男共のセーリ現象的なものは分かるけど、せめてホントに男だけのところでやってくんないかしらね。っていうか此処食堂だし。ご飯食べるトコだし。
というかそれ以前に、あたしはそういう生々しい話題が物凄く苦手だ。全力で遠慮してほしい。

「あ、ミュリエルいたのか」
「悪い悪い、忘れてた」
「っつーかお前女だったっけ」
「ごめん、俺貧乳は女とは認めねーかr」
「全員歯ァ食いしばれ!!」

自画自賛したくなるスピードでスリッパを取り出し、魔皇霊斬(アストラル・ヴァイン)を唱える。赤い輝きを放ち神々しくすら見えるようになったトイレスリッパをぶん投げると、それは見事な軌跡を描いて減らず口をたたいた連中の頭を一つ残らず張り倒した。

「いってえええ! 何だ今のマジいてえ!!」
「光った……スリッパが光った……」
「なあなあ! 俺の頭無事!? 頭大丈夫!? 陥没してねえ!?」
「安心しろ、陥没しててもしてなくても馬鹿さは変わらん!」

精神系の呪文の1つ、魔皇霊斬(アストラル・ヴァイン)。これは物体にかける魔術で、武器にかければ威力が増して、魔力を纏うため魔族への攻撃も可能になるという優れもの。母ちゃんもあたしも非常にお世話になった呪文の1つだ。
まあ、今使ったのはスリッパに対してだけど。

「ったく、どいつもこいつも」

はあ、とでっかい溜息を吐いて、椅子に座り直す。何かどっと疲れてしまった。真っ昼間だってのに酒でも飲みたい気分。目の前の皿は空っぽだし、なんかもうブルーだ。

「……フフ」
「! あに笑ってんのよ」

そういえば、こいつ此処にいたんだっけ。何だか知らないけどすっごく機嫌が良さそうなトラファルガーに、もはや嫌な予感しか覚えないあたしである。

「やっぱ、『そっち』は耐性ねェのな。お前」
「……っは」

ああ、やっぱりそんなことか。何を言い出されるのかと身構えてたのに、拍子抜け。まあこいつも所詮男だし、女で仲間でもないあたしよりは部下の味方して当然だけど。

「耐性があるとか無いとか、そういう問題じゃないでしょ」

何だろう、凄く腹が立つ。

「ミュリエル?」

嗚呼、こいつもやっぱり男なんだなって、そんな風に思ってしまった。……身勝手な、失望だけど。

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