血潮より濃く、光より目映き | ナノ


▼ 期待

『ハートの海賊団』が『記録指針』本来のルートから外れ、別の島を目指すと決めてから既に5日が過ぎた。予定では到着まで7日ほどかかる航路らしいので、少なくともあともう2日ほど待てば久しぶりの陸地が拝めるということだ。

「あー、早く着かねえかなー!」

陸地。新しい島。海賊にとっては、それはとても心が躍るもの……らしい。まあ確かに幾ら海洋の船を根城に生きる連中とはいっても、四方八方水で囲まれた状態っていうのは少なかれいつも気が抜けないモンだ。特に此処は『偉大なる航路』で、訳の分からん海獣やら海王類やら、あとは信じられない異常気象も山ほど襲ってくるわけで。
……ま、あたしはその『偉大なる航路』以外のフツーの海を、(この世界のに限定だけど)見たことはないんだけども。

「着いたらまずは酒だな! たまにはキッツイやつをガーっといきてえ!」
「俺はやっぱ発泡酒だな。アルコール濃度よりも炭酸でぐいっと!」
「新鮮なフルーツが食いたい……」
「うっわ出たな! 巷で噂の草食男子!」
「うるせえ肉嫌いなんだよ!! 食うけど!!」

そんなわけで、予定外の航路を取っているにしては、お揃いのツナギを着たハートの海賊団員達はやけにテンションが高い。ほんと、2日前まであたしが船内の食料を食い尽くしたってんでギャーギャー煩かったってのに、現金なモンである。
しかし、一昨日、昨日ときて、今日。テンションの上がり方が日が経つにつれて正比例してる気がする。いや、気がするだけじゃないわコレ。何で?

「なあなあミュリエル、ミュリエルは何食いたい?」

のそ、とベポが巨体を揺らしながらあたしの顔を覗き込む。他の連中と同じ白じゃなく、体毛の白色に映えるオレンジ色だ。デザインは同じだけど色が違う。誰かが気を利かせて作ったのかな。
ま、そもそもこのお揃いツナギ、誰が作ったのかなんて知らないんだけど。

「あ、船長」

わいわいくっちゃべてる部下達を横目に、例によってトラファルガーがやってきた。ベポの隣、要するにあたしの向かいの席に、さも当たり前のように腰掛けてくる。
此処まではほんとにいつも通りというか、良くある光景だ。何でかこの男、喧嘩を売ってるつもりなのか、ことある事にあたしを視界に入れてはちょっかいをかけてくる。

「よお、ミュリエル」
「……相変わらず遅い起床ね」

ただまあ、ちょっと前までと違うのは、あたしもトラファルガーと眼を合わせる度にメンチ切ったり、ナイフ投げたりするのはやめただけだ。
正直ずーっとその調子なのも疲れるし、苛々しっぱなしであたしのお腹が空くし、肌が荒れる、髪も傷む。ほんとに全然良いことがない。ストレスって美容の敵だ。

「調子はどうだ?」
「全然よ。誰かさんのお陰でね」

まあ、嫌味はこの通り言うんだけどもね。全然効果無いけど。

「へえ。誰のせいだ?」
「分かってて聞くのやめてくんない?」

心臓は絶対取り戻さなきゃいけないけど、ずっとトゲトゲしてあっちの隙をなくしたままにするのもあたしの不利にしか働かないし、ちょっとは気を抜いておかないと、と思ったわけだ。

「ていうかあんた、此処んとこ食堂来る頻度高くない? ちょっと前まで書斎か自室に籠もりきりだったでしょーが。そっちに引っ込んでなさいよ」
「そりゃあな。お前がしょっちゅう此処にいるんだから仕方ねえだろ?」
「はあ? 意味わかんない。そんなにあたしに喧嘩売りたいわけ?」
「喧嘩売ってるつもりは無ェがな」
「そりゃおかしいわね。あんたからはいつでも嫌味と皮肉がぶわーっと噴き出てるわよ」

決して、5日前の『D』以来、奴にちょーっとだけでも遠慮したり感謝したりしているからじゃあ、ない。断じて、ない。

「成る程? じゃ、お前からは食い気とあとは何が出てるんだ?」
「さあね。少なくともあんたへの殺意は常日頃から出してるつもりだけど?」
「愛情の間違いだろ?」
「あに下らないことほざいてんのよ、色情魔」

そんでもって、確かにあれから、何となく2人でいると殺気を飛ばしあったりするより何でも無いことを駄弁り合うことの方が増えた。

「色情結構。ミュリエルお前、もう少し普段から色気出したらどうだ?」
「爆風なら今すぐにでも出してあげるわよ」
「フフッ、そりゃあ困るな」
「ちっとも困るように見えねーわよ、こんにゃろう」

けどそれだって、トラファルガーからできる限り奴自身の情報を搾り取るためであって、意外と奴との会話が面白いとかそんな理由じゃあない。間違っても、ない。

「そういやベポ、次の島ってどんなんなんだ?」

既にこの船のクルー達は、あたしとトラファルガーのこの口論をただのじゃれ合いとしか思ってないらしい。何か全否定出来ないのが悔しいことだけど、あたしがキレて武器を出すことが極端に減ったお陰もあり、奴らはあたしらの会話に殆ど気を払わなくなった。
……これなら一度くらい食堂で会話の最中攻撃してみるっていう手が使えるかな。いやいや、でもまだ流石にやめた方が良いわね。一度やったら多分二度と油断して貰えなさそうだし、うん。

「んっと、『ポルトロ・ワイヤール』っていう島だよ」

あまり考える時間も取らずに回答するベポ。そういえば、こないだ(第22話)は特に言及しなかったけど、このシロクマは戦闘員以外にこの船の航海士もやってるのよね。何て多彩な熊、と思わず口にしたあたしに対し、「熊のくせに航海士ですいません」と影を背負いつつ謝ってきたのは記憶に新しい。
ていうか褒めたつもりだったんだけどね、取り敢えずベポに対しては『熊』『シロクマ』のワードは出さないようにしてる。うわあ、あたしってば超優しい。

「ぽるとろわいやーる?」
「うん。季候は夏島。別名は『海賊の夢と絶望の島』」
「海賊の夢と絶望?」
「何だそりゃ。ロマンあんのか物騒なのかわかんねーな」

シャチがぼやくように言えば、あっちこっちから同意の声が上がる。まあ確かに、あんまり良い響きには聞こえない別名だ。一体何があるんだか。

「すっげえ財宝が眠ってるとか?」
「そりゃただの『夢の島』だろ」
「いやいや、その宝の番人がすげえ強ェとか、帰ってきた奴が誰もいないとか」
「割とフツーじゃね、それ?」
「確かに。海賊が宝探して無事に帰れないなんて茶飯事だろ」

いや、それもどうよ。……とは思うものの、まあ確かにそうだろうなとは、あたしも思う。ちなみにあたしは1に命、2にお金(お宝)なので、命の危険と天秤にかけたら確実に命を選ぶタイプだ。命あっての物種、とは良く言ったモンだと思う。
正直、ほんとそこだけはナミとは価値観の相違あったのよね。うん。

「何か、すげえ荒れてる島なんだって」

ベポが首を横に振った。どうでも良いけど、熊って一応首あんのね。

「荒れてる? 天候がか?」
「ううん。海賊とかマフィアとかがすげえ多いって」
「あ、そういう意味な」
「俺も聞いたことあるな。海軍の駐屯所もあるらしいけど、何かほぼ役に立ってねえって話だぞ」
「マジかよ、寧ろラッキーじゃね?」
「確かに!」

ぎゃはは、と笑い出す白いツナギの男共。それを見やりながら、あたしは目の前の更に盛られたカシューナッツをポリポリ食べる。……が、ついさっきまで山盛り盛られてた筈のそれが、何故か半分以下に減っていた。
……念のため言うけど、あたしはまだそこまで食べてない。ていうかこれ、さっき台所から持ってきたやつだし。あたしまで4、5個くらいしか食べてないし。

「……」
「どうした? ミュリエル」

と、わざとらしーく首を傾げるトラファルガーの指の先には、ひょいと摘まれた『あたしの』カシューナッツ。

「何勝手に盗ってんのよあんた!?」
「あ?」

思わず目を剥いたあたしに、けれどトラファルガーはしれっとしたもの。そのあまりの不貞不貞しさに、くっきりとした青筋があたしのこめかみに走ったのは謂うまでもない。

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