血潮より濃く、光より目映き | ナノ


▼ 諷示

「『D』?」

トラファルガーの口から出てきた1文字に、あたしは頭に疑問符を浮かべるしか出来なかった。D? Dってアレよね、アルファベットの4文字目。それが何? 何かの隠語? それとも暗号?

「お前の知り合いだと、アレだ。『麦わら屋』の名前に付いてるだろ」
「! ああ、ミドルネームの話?」

『麦わら屋』、もといルフィの本名を思い出す。モンキー・D・ルフィ。正直最初に聞いて本人に会ったときは「何て名前と一致した人間だろう」なんて思ったもんだ。ぶっちゃけ、今もその印象は大して変わってない。強いていうなら実態は『モンキー』なんて可愛いもんじゃなく、キングコングの数千倍は馬鹿力で危ない奴なんだけど。

「それが何? 普通のミドルネームじゃないの?」

まあ普通じゃないから話題振ってるんだろうけど、はぐらかされても困るしストレートに聞いてみることにした。トラファルガーはにやりと笑う。

「それがそうでも無ぇ。試しに本人に会ったら『D』が何の略か聞いてみろ。多分知らねえからな」
「……? 何それ、じゃあアンタなら知ってるっての?」

『D』。それだけ聞いても何のことか分かりゃしない。まどろっこしさに早くも苛々しはじめたあたしの心情は、多分トラファルガーにはダダ漏れだろう。分かってんならさっさと説明しろって話だ。

「俺も、『D』そのものが何かは知らねえ。だが、この世界には『D』をこう呼ぶ奴らがいるらしい。――『神の天敵』」

それはまた、随分大層な名前だことで。

「実際問題、世間を騒がせる悪党や英雄には、何でか『D』を持つ奴らが多い。最近だと話題に上がるのは『麦わら屋』だが、海賊王を何度も追い詰めたっつう英雄ガープも『D』だ。あとは『白髭』ンとこの『火拳』ポートガス・D・エース。その『炎拳屋』をとっ捕まえて七武海入りした『黒髭』……マーシャル・D・ティーチもいる」

並んだ名前は、まあ新聞を読んでればちょいちょい出てくる名前だ。あたしは新聞っていうかメディアが嫌いだからあんまり読んだりしないけど、それでも『エース』と『ティーチ』の名前は最近噂で聞いたことがある。それから『白髭』も有名だ。この海でうろうろしてれば、嫌でも耳に入ってくる名前だし。

「『D』は必ず嵐を呼ぶ――噂だが、ゴールド・ロジャーも本来はゴール・D・ロジャーっつうらしいな。政府が『D』を嫌がって広めた名前なんだそうだ」
「……」
「まァ、お前がどこまで本気するかはお前の勝手だが」

薄ら笑うトラファルガー。からかわれているようにも見えるけども、だけど多分今の話は冗談じゃないだろう。いつも浮かんでいる軽薄な印象は、今は表情の何処にも見えない。寧ろ、重苦しい話題を冗談めかそうとしているようすら、あたしには見えた。

「確かに、ルフィって結構色々やらかしてんのよね」

本人がちっとも周りにそれを吹聴しないけども、巷で聞いた『麦わらのルフィ』ってのは、もうとんでもない大悪党だった。手配書の暢気顔なんか鼻息で吹き飛ばすような、悪行、悪行、悪行のオンパレード。まあ半分以上は海軍が情報操作して印象悪くした結果だろうけど、実際問題として、奴らがやらかす悪事はスケールがデカイ。この間のW7のときとかね。……いやまあ、アレはあたしもあたしで好き勝手やりまくったけど。

「やらかしたことなら、そっちも相当酷ェだろ」
「……否定はしないわね」

お陰で懸賞金が2倍以上に跳ね上がったけど。やっぱ軍艦沈めまくったのはやり過ぎだったかなー。なんつって。別に反省もしてないのに白々しいか。

「でも、なんで『D』? 別にそいつら全員親戚ってわけじゃないわよね?」

ミドルネームだけ共通で、ファミリーネームがバラバラってのは変だ。しかも『D』はあくまで『D』で、何の略かも分からないなんて。

「さァな」

あたしの頭に浮かんだ疑問に答える術は、残念ながらトラファルガーも持っていないらしい。本当に持っていないのか、単純に答える気が無いのかは分からないけども、兎に角奴は肩を竦めるだけだった。

「実際俺も良くは知らねえ。今のは殆ど、昔聞いた話の受け売りだからな」

? 何だろう、今一瞬だけ、トラファルガーの表情が変わった気がする。笑い顔が引っ込んで、真顔とも少し違う、まるで遠くを見てぼうっとしているときのような。

「どうしたの?」
「何がだ?」

うっかり聞いてしまったのは、あたしの気の迷いだ。どうでも良いことの筈なのに。
しかも当人にはきょとん顔をされてしまった。本人も無自覚っていうか無意識だったらしい。いや、あたしに聞かれることを想定してなかっただけかも知れないけど。
……気のせい? わかんない。本当に一瞬だけだったし、見間違いだったかな。

「何も無いなら良いわよ。別にどうでも良いし」

そう、どうでも良い。普段とちょっと違って見えたトラファルガーが調子っぱずれに見えて、ちょっと気になっただけ。気のせいだったかも知れないし、一瞬だったし、そもそもあたしには関係無い。

「そうか?」

トラファルガーが首を傾げた。笑みが珍しく引っ込んでいる。やっぱり真顔とはちょっと違う、何か子供っぽく見える表情。そういえば、こいつあたしより幾つ年上だったっけ?
……いや、何考えてるあたし。それこそどうだって良いことでしょーが。

「それにしても、『D』、ね……」

正直全然意味はわかんないけど、面白い話ではあったと思う。何だろう、『D』って。ベタな発想で考えるなら、大昔の英雄だとかの血を引いてる証だったり? いや逆か。『神の天敵』なんてブッソーな呼ばれ方してるくらいだし、寧ろ大昔に政府に楯突いた反逆者の一族だったりとか?

「ま、良いわ。結構話としては面白かったし。ありがとね、トラファルガー」

その『D』とやらがあたしの探し物、あるいは探し物に関連している何かかどうかは分からないけど、今まで本当に雲を掴むような状態だったんだから前進だ。
ちなみに、エニエス・ロビーでなし崩しに耳にした『古代兵器』とやらを、あたしは端から候補に入れていない。兵器ってのは必ず作った何者かがいるわけで、更にはそれを使う奴がいて初めて『兵器』たり得るからだ。あんな風に世界のトップから重要視されている、そんなとんでもない道具を使う奴がいるとして、そいつが全くの無名でいる筈がない。

「珍しく素直じゃねーか、ミュリエル」
「うっさいわね。あたしだってお礼くらい言うわよ」
「もう少し可愛げ出してくれても良いんだぜ? お礼代わりにキスするとかな」

馬鹿言ってんじゃねーわよ。このスケベ男。

「スリッパの跡だったら喜んで付けてあげるけど?」

今日も今日とて新品トイレスリッパを出したあたし。トラファルガーは何が可笑しいのかゲラゲラ笑い出す。普段もだけど、こいつの笑いのツボも正直よく分からないと思いました。まる。

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