▼ 金色
それは、例えるならば『泥濘』のようだった。
人肌のように温かい泥のような、或いは海のような。
意識はぼやけ、手足は動かない。
疲労よりも感じるのは、そう、熱を出した時のような気だるさだろうか。
ゆらゆらふわふわしていて、気持ちがいいような、覚束なくて落ち着かないような。
「……」
半開きの目には、金色。夜明けの太陽とも違う、小麦の大海原よりもずっと絢爛とした黄金色。目映くて目映くて、見つめ続けるだけで目が眩んでしまいそうな――闇。
そう、これは闇だ。
闇よりも暗く、夜よりも深い。……深淵、母胎、虚無、根源。
嗚呼、沈む。
沈んで、浮き上がる。
また沈む。
「――……」
零れたのは、ただの吐息か。それとも気の抜けた感嘆か。耳すらもまともに機能していないせいで、それはわからなかった。声帯が震えてくれたかも、自分で自分がわからない。
浮き上がる。
今度はもう、沈まない。
浮いていく。
上がっていく。
『 』
何か、音のようなものを拾った気がした。
知らない言語というよりは、知らない音声と呼ぶに相応しかった。
ぼやけていて、遠くて、けれど耳のすぐ傍で囁かれたのようにも感じた。
知らない『モノ』の音なのに、意味だけははっきりと伝わった。
アレは、否、彼女は言った。一言だけ。
『楽しみにしてるわ』
おい待てふざけんな。お前自分が楽しいだけだろ。
そう怒鳴ってやりたかったけれど、口はとても重くて。
浮き上がる身体を、どうこうすることも出来なくて。
浮いて、浮いて。
水面が近い。
そうして眼を開けて、降り立った場所は。