血潮より濃く、光より目映き | ナノ


▼ 目的

「決まってるでしょ。またお気楽な一人旅に戻るだけよ」

「それがどうかした?」という副音声を隠す気もないあたしである。ついでに言うなら、「あたしがどうしようとあんたに関係あんの?」も多分に含まれている。
あたしは取り敢えず、開けっ放しの扉の横に背中を預けてもたれかかった。

「目的はあんのか?」

おや、と思わず目を瞠ったしまったあたしは悪く無い。強いて言うなら例によってトラファルガーが悪い。
相変わらず寝っ転がったままの奴は、だけど普段のあの嫌味ったらしい笑いを引っ込めて、真顔だった。普段からそうしてれば硬派にも見えるのに、ほんと残念だと思う。まあ見た目がどうでも中身がアレじゃね、って感じだけども。

「このご時世に女1人で『偉大なる航路』になんざいるんだ、何かそれなりにあるんじゃねえのか」
「……さあね。ていうか、それをあんたに語る必要がある?」
「必要は無ぇ。が、俺が聞きてぇから聞いてんだ。答えろよ」

前言撤回。真顔だろうと何だろうとトラファルガーはトラファルガーだった。ちょっと真面目っぽい雰囲気に騙されたあたしが馬鹿だった。この顔面詐欺の刺青男め!

「あんたの都合なんか知らないわよ。こんなくだらない賭けまでさせといて、これ以上あたしのプライバシー暴いて何がしたいの?」

喋ってるうちに苛々してくるのが、自分でも凄い分かる。ちょっとばかし理不尽な自覚はあるけども、そもそもはこの状況のせいだ。寧ろそれを考えれば、トラファルガーはあたしに10回くらいは殺されても良いと思ってる。

「……知りてェか?」

あ、何かやーな予感。

「いや、良いわ。そういう顔し出したあんたに根掘り葉掘りして良いこと無いし」
「まァそう言うなよ、ミュリエル。たまには話ぐらいゆっくりしようぜ?」
「その同じ船に無理矢理乗せたのはあんたでしょーが」

トラファルガーがむくりとベッドから上体を起こした。だから要らんっつってんでしょーに……。

「話の間に『コレ』、取り返せるかも知れねェぞ?」

コレ、と言いながら奴が掲げるのは、奴の手に収まったあたしの心臓だ。正直今この瞬間にでも取り返してやりたい気持ちはある。が、そう簡単にいくわきゃないのは百も承知。見た目チャラいけど、億単位の賞金かけられた海賊団の船長なだけは、ある。

「……仕方ないわね」

ただまあ、虎穴に入らずんば虎児を得ずじゃないけど、奴だって人間だ。何かの拍子に好きが出来ることはあるかも知れない。
それに此処だけの話。日課にしてた盗賊もとい海賊いぢめも出来ず、やることと言えばご飯食べるか酒飲むか釣りするか、運動不足解消のためにシャチや他の船員の組み手に付き合うかしかしていないあたしは、正直言わなくても暇なのだ。
そういうわけで、あたしはトラファルガーの話に乗ることにした。勿論これ以上に物理的な距離を詰める気になれなかったけども。

「どうでも良いけど、あたしにばっか喋らせるようならさくっと出てくからね」
「そこまで野暮なことするつもりはねえよ」

どうだかね。

「で、何だったっけ? あたしの目的?」

ほんと、何でトラファルガーがそんなことを知りたいのかはさっぱり分からないけど、まあ単純な好奇心だと思っておこう。確かに『大海賊時代』は全体的に治安が良くなくて、特に女だけっていうのはそこそこに危ない。きっと探せばあたしみたいな物好きは居るんだろうけど、そんな奴らも多分、あたし程には世間様で目立ってないに違いないから。

「何だ、教えてくれんのか」
「教えても別に問題ないからね。誰かにどうにか出来る話でもないだろうし」
「へえ」

あたしが旅に出た理由は、そもそも母ちゃんとルナさんに2人して「世界を見てこい」と叩き出されたからだ。ちなみにそれはあたしが13歳のときで、以来あたしは本当に世界各国津々浦々をぶらぶらしている。そこに明確な目的なんてものはなく、ただ本当に見聞を広めるための旅だ。
故郷にはその間一度も帰ってないけども、多分家族は心配なんぞしてないだろうし、あたしも別に連絡はしていない。一応、20になったら1回は帰ろうかなーとは思ってる。
が、あたしが『こっち側』にいる理由は、ちゃんとある。

「『世界に変動を起こすもの』」
「?」
「あからさまに変な顔しないでよ。あたしはね、それを探してるの。この広い世界を、もう涙ぐましいくらい糞真面目にね」

それこそ女1人で、季候も島ごとの文化もバラバラ滅茶苦茶の偉大なる航路を彷徨いている理由。それこそがあたしの『こっち側』の旅の理由であり、あたしが『向こう側』に帰るための条件でもある。

「この世界の在り方を根底から揺らがすもの。それが人間なのか他の動物なのか、それとも生き物以外なのかは分からない」

『楽しみにしてるわね』

思い出すのは、あの『金色』の、もう死ぬほど楽しそうな声だ。死ぬどころか生きてるかも怪しい、それこそただ『在る』だけの存在は、人間はおろか、魔族よりももっともっと退屈に飽いていたらしい。
それであたしに白羽の矢を立てた辺りは、もうふざけんなって感じだけど。

「あたしの目的は、その正体もわかんない『もの』を探して、実際に変動する世界を見ること」

あたし達の世界では、魔族っていう人間はおろか、生きとし生けるもの全ての『敵』がいた。ありとあらゆる生命を滅ぼし、いずれは自分達も滅ぼして、『母』のもとに帰ろうとする存在。
奴らは人間は勿論、上位も上位であればドラゴンやエルフすら鼻で笑うほどに強大で、文字通り『最悪』の敵だ。依り代がなければ物質世界に存在できない亜魔族ですら、並の剣士や魔道士なら手こずるレベル、と言えば、如何に奴らが厄介かおわかり頂けると思う。

「信じがたい話ではあるけど、それは確実に『在る』らしいわ」

そういう存在と何度も対峙してきたからこそ、あたし達は人間が如何に脆弱なのかを知ってる。だからって魔族の連中に食い物にされるのを黙って指くわえて待ってようとは死んでも思わないけど。
だけど、連中とあたし達の間には明確過ぎる力の差があって、それは本来、努力だとか生まれつきの素質だとかで埋められるものじゃあない。本当の本当に『持って生まれた』ものが違い過ぎるのだ。正直あたしだって、振り返ってみれば危ない橋を何度も渡ってる。

「勿論、探してるあたしはそれが何なのか勿論知らないし、そもそも本当にあるのって思ってるけどね」

だからこそ、あたしは魔族もいないこの世界で、それこそ世界の在り方すら変えるような存在がいるっていうのが、俄に信じがたいと思ってる。寧ろ、この世界は妙に安定していると言っていい。
海賊って驚異はあれど別に一丸となって政府に楯突いてるわけじゃなく、世界は『世界政府』って奴らのお陰で良くも悪くもまとまってると言っていい。こんな状況で、何をどう頑張ったら世界が動くのか、正直あたしには分からない。

「噂で聞いた『海賊王』ゴールド・ロジャーとなら出来たのかも知れないけど、もうとっくに死んじゃってるしね。だからほんと宛てが無いのよ。砂浜で真珠の1粒でも探してるようなモンね」

まあ、それが本当に真珠みたく『いいもの』なのかはわかんないけど。

「……」
「何よ、黙りこくって。何か文句でもあんの?」

笑われるか首を傾げられるか、もっと言うなら正気を疑われるか。正直そのくらいの反応を予想してたあたしだったが(予想してたとはいえ、実際にそういうリアクション返されたらぶっ飛ばそうと思ってたけど)、トラファルガーは何か真顔で考え込み始めた。

「ミュリエル」

どのくらい続いたか分からない沈黙の後、トラファルガーがあたしを呼んだ。いつものからかいを含んだものじゃない、身構えるほど真面目な声で。

「何よ」

自然、あたしの返事も硬くなった。トラファルガーは顎に手を当てたまま、ちろりと乾いた唇を舐めていた。赤い舌がちょっとだけ覗く。認めたくないが、腹立つほど色っぽい。

「お前、『D』って知ってるか?」

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