血潮より濃く、光より目映き | ナノ


▼ 現実

「それにしても、あんたらって仲良いわよね」

食べるだけ食べて、喚くだけ喚けば、どんなに興奮し通しだった人間でも一旦は落ち着くらしいってことを、身をもって体験したあたしは逆に冷静になった。積み上げられた汚れた食器は見ないふりをして(コックがひいこら言いながら運んでいく。「ご馳走様」って声かけたら「二度とやるな!!」って怒鳴られた。解せぬ)、殆ど水のうっすいラム酒で喉を潤した。

「あんたらって、俺等か?」
「他に誰がいんのよ。トラファルガー含めて、あんたら全員。こんな狭い船ン中でずーっと顔突き合わせて共同生活とか、ホントよく出来るわ」

まあ、それを言うならウォーターセブンで一緒になった『麦わらの一味』も似たようなモンだけど。……っていうかあっちの方が凄いわよね。メンバーの半分女だってのにフツーにやってたし。まああそこのクルー、コック1人を除いて色気より食い気って感じだったし、問題無いのか。

「そりゃまあ、最低限の連携ができねーと、海じゃ命取りだしな」
「そうそう。それにこんだけ狭いとお互い取り繕っても無駄だしな。マジ喧嘩とかしょっちゅうだし、その分腹割って話せるようにはなるな」
「そういうもん?」

うん。と、ほぼ全員が頷く。「俺みんな好きだよー」と暢気な声が聞こえたかと思えば、いつの間にかやってきていたベポが、のそのそと緩慢にこっちに向かってきていた。

「ミュリエルー、医務室すげえ良い感じ! ありがとう!」
「……そ?」
「うんっ。おれ氷大好きだから嬉しい! 俺の部屋もあんなだったら良いのになー」
「……どーいたしまして」

別にこのシロクマ喜ばせようと思ってやった訳じゃないし、お礼とか言われると逆に罪悪感がひしひし沸いてくるのはどうしたものか。実際シャチなんかは「それで喜んでんのお前だけだからな」なんてゲンナリした顔でツッコんでるし。
……癪だけどそっちの反応が正しいのは分かってる。癪だけど。

「でも、そもそもそこに行き着くんだから大したモンよね。あたしなら3日も耐えられないわ」

あたし、ミュリエル・ガブリエフが、両親のどちらからも譲り受けなかったものは幾つかあるけれど、その1つが『それ』だ。『社交性』というのとはちょっと違うかも知れない。
要するに、『人と長く付き合うこと』が、あたしはどうにも不得手だった。
家族は例外。あたしは祖父ちゃんも祖母ちゃんも父ちゃんも母ちゃんも好きだし、伯母さ、もといルナさんだって好きだ。故郷で世話になった大人達のことだって、厄介だとは思うけど嫌いじゃない。旅の途中で出会った人たちのことも、「また機会があれば会いたいな」とは思う。いや、思わない奴だって星の数ほどいるけど。
……でも、駄目だった。そういう好きな人たち、嫌いになれない人たちと、ずっと、それこそ四六時中顔を合わせるとなると、途端に逃げたいと思ってしまう。嫌悪感というには弱い。拒否感というには決定的じゃない。でも、何か駄目なのだ。どうしてと聞かれても分からないけれど、兎に角駄目。家族以外の人と長く一緒にいるというのが、違和感を覚えて仕方ない。だから、道中誰かと一緒になることは出来るだけ避けてきたし、どうしても一緒にならざるを得ないときは、仕事のときか本当に一時的な道連れだけだった。

「えー? けどミュリエルお前、もうこの船乗って何日だよ?」
「結構フツーにしてんじゃん」
「そりゃだって、こんな海のど真ん中で何処に逃げるってのよ」

それに実際問題として、本当に『誰かと一緒になった場合』、本気で耐えられなくなるかっていうと、実はそうでもない。「仕事だから」とか「必要だから」ってわざわざ言い聞かせるのはいざ道連れになる前までで、本当に道中一緒になったときはそこそこ楽しくやれるのである。現金なことだとあたしも思うけど、本当にそうなんだからしょうがない。
たとえば毎日面倒なルーチンワークをこなすアルバイトをやらなきゃならないとして、出かける前は「行きたくない」気持ちでいっぱいだけど、いざ出勤してみたら無心で仕事が出来る人ってのは結構いると思う。あたしの場合も、多分それと似たようなものなのだ。
でも、だからと言って、「じゃあ誰かと一緒に行ってみるか」なんて、自分で思うことはまず無い。嫌なものは嫌。あたしは1人が良い。母ちゃんみたいに、やや強引に同行を申し出てきたっていう父ちゃんみたいな人を受け入れることは、少なくとも今は出来ない。
いや、実際父ちゃんがそう言ってくれたら、喜んで一緒に行くかも知れないけど。
……多分あたしは、何処か根本的なところで、ほんのちょっぴりだけ、『人間嫌い』なんだろうと思う。

「大体、出ていけるわけないでしょ。あんたらの船長があたしの心臓握ってんのよ?」

トン、と親指であたしはあたしの左胸を指す。心臓の音の聞こえない左胸。するとベポもシャチもペンギンも、他のクルー達も揃ってぽかんと口を開けた。

「あ」
「あっ」

って、忘れてたんかいコノヤロウ共。

「……船長さんの代わりにあんたらを氷漬けにしてやろうかしら?」

流石にトラファルガーみたいな能力者はいないだろうから、今度は見事な人間の氷漬けオブジェが沢山出来ることだろう。

「ま、待て待てミュリエル! 落ち着け!!」
「悪かった! 今のは俺等が悪かった! だからマジ止めろ!!」
「え、ミュリエル氷出すの!?」
「お前は黙ってろベポ!」
「シロクマは良くても人間は困るんだよ!!」
「シロクマですいません……」

うっわベポ打たれ弱っ。

「……まあやめとくわよ。此処でご飯食べられなくなるのはあたしも困るしね」

流石にそこまで向こう見ずじゃあない。ひらひら手ぇ振ってやると、やけに大袈裟な溜息を吐かれた。こいつらの中でどんだけあたしは過激な女なんだろうか。
……考えるのやめよう。多分どんどん腹が立ってくる気がする。

「あ、船長」

なぬっ!?

「珍しいっすね、こんな時間に」
「まあな。……おい、何か摘めるモンあるか?」

あーあーあー。涼しい顔しちゃってまあ。

「はい、ただいま!」

注文を受けたコックが、機敏に厨房に戻っていくのを何とはなしに眺める。……一応分かってはいたけど、こいつら何だかんだでトラファルガー大好きなのよね。いや、別に変な意味でもなくて。単純に尊敬とか敬愛って意味で。
そりゃあ確かに、腕は立つ。顔も良い。それに何か、人を引きつけるオーラもある。悔しいけど事実だ。男が惚れたくなるようなものがあるのも、分かる。

「よお、ミュリエル」

でもだからって、あたしがこいつにされたことを許す気にはならないし、そもそもこいつにとって、あたしからふ、ふ、ファ、ファーストキスを奪ったことが、どんだけの価値を持つかも分からない。
「陸に着く度に違う女をとっかえひっかえしてます」って言われても納得出来ちゃうような色男だ。此処で自惚れたりするほどあたしは自己評価を高く持てないし、そんなことで有頂天に成る程頭が沸いてるわけでもない。

「……何よ、変態男」

こいつにとって、あたしは恐らく遊び相手。
そしてあたしにとって、こいつはただの憎たらしい悪党だ。

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