血潮より濃く、光より目映き | ナノ


▼ 理想

そりゃあね、夢を見過ぎてるっていわれるかも知れないわよ。でも、それだって仕方ないじゃない。
あたしの母ちゃんと父ちゃんは恋愛結婚で、それは祖父ちゃんと祖母ちゃんも同じだった。傭兵だった祖父ちゃんと祖母ちゃんに、旅の魔道士だった母ちゃんとやっぱり傭兵だった父ちゃん。気が向くままに旅をしていたふたりが何処かで出会って、色んな事を一緒に乗り越えてパートナーになった。
……そりゃまあ、あたしが聞いていない色んな事情とか、色んな黒歴史があったとは思う。だけど、それでもあの人たちは夫婦になったわけで、その結果があたしなわけで。だったらあたしだって、いつかそういう、……まあ、臭い言い方するなら、唯一無二の『運命のほにゃらら』と巡り会いたいもんだな……なんて思ったりしてたわけよ!!! 悪い!? 乙女すぎる!? 煩いうるさい!! 知ってるわそんなん!!

「じゃあせめて黙って食えよ……」
「うっさいシャチ!」

香ばしく焼けた豚の生姜焼きにかぶりつきながら、あたしは怒鳴る。ええい、デリカシーのない男なんぞにあたしのこの腹立ちが分かってたまるか!!

「少し落ち着けよ……」
「つーかいつにもまして食う量すげえ、何杯目だこれで」

山盛りに持ったご飯をお伴に、付け合わせのサラダ(普段は男共には大層人気の無い、フレッシュな野菜サラダだ)はもう大皿一杯食べ終えた。豚の生姜焼きは既に4人前。ごはんのお代わりに至っては、何回やったか自分でも覚えていない。
……ストレスによるやけ食いって本当に胃の許容量無視してるからびっくりだ。いや寧ろ、こんなこと考えるほど冷静な部分があるってことの方が、ある意味びっくりかも知れない。

「お代わり!!」
「もうねえよ馬鹿!!」
「はあ!? これっぽっちでもう打ち切り!? 舐めてんのアンタ!?」
「舐めてんのはオメーだ! うちの船の食料食い尽くす気か!?」
「あー良いわねそれ! いっそホントに全部食べてあんたら餓死させてやろうかしら!?」
「ふざけんな!! つーか止めろリアル過ぎる!!」

お玉片手に飛んできたコックとの舌戦は止まらない。周りの人間が青い顔して「餓死は嫌だな……」「海軍に捕まるのとは別の地獄だな……」とか言ってるのが聞こえたけど気にしてらんない。聞こえない。

「大体ね、元はと言えばあんたらの船長が……!」

と、いっそぶちまけられたらスッキリするのかも知れないけど、ぎりぎりのところで理性と羞恥がそれを止めた。流石にトラファルガーの仲間相手に「あんたらの船長のセクハラが」みたいな言いつけをするのは躊躇われたし、何よりまあ……その、この年になってキスの1つも済ませてなかったってのは、まあ、正直知られたくないものがある。
冒頭でえらくロマンチックなこと考えといてナンなんだけども、あたしにだってまあ、人並みにある程度は経験したい欲求はあったりするわけで……ごにょごにょ。

「何だよ、急に黙りやがって」
「船長が何したって?」
「つーかやっと何かされたの?」
「何だよミュリエル水臭ェな、相談なら載ってやるからほら、喋れ喋れ」
「うっさい詮索するな!!」

ひ、人が本気で悩んでるっつーのにこいつ等!!
……ってちょっと待て。『やっと』って何よ、『やっと』って。

「そりゃあお前、船長はほら、モテるからさあ」
「あの通り美形だし、強ェし、あのガタイだし。おまけにちまたで噂の大型ルーキーとあっちゃなあ」
「荒くれ者になれてる商売女とかには、結構良い客なんだぜ。女の扱いも上手いしな」
「おいお前らそのくらいにしとけ。船長に聞かれたら殺されるぞ」
「……へー」

ふーん、まあ、そうでしょうね。別に驚く事じゃない。あいつが腹が立つほど綺麗な顔してるのも、モデルも顔負けのスタイルなのも、やっぱりムカツクほど強いのも、見れば分かることだ。
……そりゃあまあ、怖いもの知らずの女にとっては憧れの的にもなるし、怖いものを知ってる女にだって、無闇矢鱈に町を襲わない海賊なら立派な『獲物』に違いない。

「ミュリエル?」

自分でも分かった。声のトーンが落ちたことが。怪訝そうなシャチの声が、何だか薄い膜を通したみたいに遠くから聞こえた。
え、何意味わかんない。何で? どうでもよくない? 寧ろ見た目通りじゃんあの男。あのルックスにあれやこれやで? そりゃあおモテになるでしょうよ。だから何?

「……で? その女の扱いがおじょーずな船長さんは、何? 巷で話題の賞金首女をとっ捕まえて遊び相手にでもしようとお考えで?」

確かに、あたしに話しかけてきた感じからして、どうにもあたしを目新しい玩具みたいなもんだと思ってるような気はしてた。それは猫が目の前でちょろちょろする蝶々を追っかけ回すようなモンで、反射や子供の本能に近い。だからこそのあの賭……自分が絶対不利にならないモノまで仕掛けて、あたしをこの船に乗せたんだと思ってた。
が、実際問題として、『そういう方面』で人を遊び道具にしようとしてるってんなら、それはもうあたしとしては許容ラインなんておがくずよりも軽く吹き飛ぶレベルだ。

「だとしたら、あたし、あんたらの船長を心の底から軽蔑するわ」

――恋に恋してる? 百も承知。それでもあたしは、誰かと遊び半分で惚れた腫れたの駆け引きなんてしたくない。

「ばっ……ち、違ェよミュリエル! あのさ、船長は、その……!」
「何よ」

フンと鼻を鳴らしたあたしの本気度が伝わったか、シャチがやけに顔色を悪くした。何か文句があるなら言ってみろと顎をしゃくってみたものの、何でか後ろに立ったペンギンがその口を引っぱたいて止める。

「おいシャチ、余計なこと言うな」
「っ、け、けどよペンギン!」
「駄目だ。これ以上余計なこと言うとマジで殺されるぞ。……船長に」
「うっ」

おい、なんでそこでトラファルガーが出てくる。お前らが今殺されるとしたらあたしにだろーが。
……ところで。

「そういえば、ベポは?」

いつも大体、トラファルガーの背もたれになっているか、そうじゃないなら食堂で誰かと屯してる筈のシロクマがいない。何か違和感があると思ったらこれだった。ていうか何故今気づいたあたし。などときょろきょろしてみるものの、あのデカイ図体にオレンジのツナギは見つからない。

「ああ、ベポなら医務室だぜ」
「医務室?」
「お前が氷漬けにしたのが気に入ったらしいぜ」
「お陰で俺等は近づけなくなったけどな」

う゛っっ。
……い、いやまあ確かに、幾ら半分パニックだったとはいえ、氷系最強の呪文はちょーっと、ほんのちょーっとばかし行き過ぎたかも知れないと思ったりしなくもないんだけど……。
でも! それよりも! 乙女の純潔汚しといて医務室1つで済んだんだから寧ろ破格の待遇でしょーがよ!! ……しかも結局避けられたし。これでトラファルガーの脚の一本でも氷漬けに出来たら最高だったのに掠りもしなかった。

「言っとくけど、正当防衛なんだからね」
「いや、医務室丸ごと凍らせる正当防衛ってなんだよ」
「医務室と同じ目に遭いたくなきゃ黙ってなさい」

やっぱり氷漬けってのがミスチョイスだったのよね。次は容赦なく丸焼きにすることにするわ。

「おい、船ン中で火ィ出すなよ」
「あ、ごめん」

そうだ、此処船の中だった。怒りの余り忘れてたわ。

「でもちょっと冷静になった気がする」
「良かったな」
「俺等は疲れたけどな」

そういう余計な一言は聞こえません。

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