血潮より濃く、光より目映き | ナノ


▼ 混乱

恐らく敗因は、迂闊に懐に飛び込んでしまったことだろう。勿論あいつの能力では距離なんてあってないようなものかも知れないけど、それでもあんな近くまで踏み込んでしまったのはあたしの落ち度だ。遠距離から精神系の魔法で狙った方が、まだ勝率は高かった気がする。
……気がはやりすぎた、と言い訳するのは容易いけど、兎にも角にもあたしは負けた。それだけは事実だ。

「……何でいんのよ」

視界が眩しい。頭がガンガンする。頭は打った覚え無いんだけどな。……いやしかし、問題はこいつだ。何で寝起きがてらこいつの顔見にゃならんのだ。

「ご挨拶だな。誰が手当てしてやったと思ってる?」

ふ、と小馬鹿にした様子で笑ってくる男の顔が憎たらしい。あたしはベッドから身体を起こそうとして……その瞬間脇腹に走った痛みに顔を顰めた。

「別に頼んでねーわよ」

咄嗟のことで表情は取り繕えなかったけども、せめて虚勢は張ってやる。ずきずきと遅れて痛みを伝えてきたのは、分厚いケース付きの医学書を思いっきりぶつけられた場所だ。肋が折れてないっぽいのが奇跡に近い。……手加減? いや違う、当たり所がマシだっただけだろう。

「我ながら抜かったわね。あんたの能力があそこまで芸達者だとは思わなかったわ」

忘れていたときは然程感じてなくても、いざ思い出してしまった以上、痛みはそれなりにきつい。正直頭痛もするし動きたくは無いけど、あたしはさっさとこの傷を治してしまうことにした。

「治癒(リカバリィ)」

じわ、と脇腹の辺りに熱が集まる。所謂『傷が熱を持つ』時のいやーな熱さではなく、じんわりとほどよく温かい。
白魔術、実際は精霊魔術に数えられるこの術は、あたしみたいに一人旅をしている人間には必須のものだ。それなりに大きな街であれば復活(リザレクション)というより高度且つ回復の早い術を使える神官がいてくれたりするが(そしてタダで治療してくれたりもするが)、そうじゃないところにはせいぜい『昔ながらの知恵』で薬を作ってくれる薬師がいれば良い方だったりする。町外れにいれば魔物や山賊に襲われることも多い旅人は、まず旅の前にこの術を覚えることが生き残る最善策なのだ。

「……ふーっ」

幸い、怪我の程度は『でっかい青痣』程度で済んでいたらしい。内臓に傷がついていたら『力ある言葉』を唱えるどころじゃなかったろうから、その辺は幸運だった。……決して、トラファルガーが手加減したからではない。そう、決して。

「自力で治せるのか」

はっ。何を白々しい。

「どうせクルー達から聞いてんでしょ。感心した振りとかやめなさいよ」
「振りじゃねえよ。対価も無しに怪我を治せるってんなら凄ぇ話だ」
「……そっちこそ、あたしは電気まで出せるなんて聞いてないわよ」
「言ってねぇからな」
「他に何が出来んの? まさかまだ隠し球があるんじゃないでしょうね」
「何だ、随分直球で聞いてくるな。やっと俺に興味が出たか?」
「あんたにじゃないわ。あんたの能力が知りたいだけよ」

何を当たり前のことを。フン、とお返しとばかりに鼻を鳴らしてやったにもかかわらず、トラファルガーは気分を介した様子も無い。どころか、何処かご機嫌な様子であたしの顔を覗き込んでくる。……ちょ、近い!!

「ちょ、何よ……」

思わず仰け反ってみても、あたしはベッドの上。そんなに距離も取れず、それどころか折角頭痛の引いた頭を軽くぶつけてしまい、別の意味で痛い。
……しかしこうして間近で見ると、こいつ本当に美形だ。不貞不貞しいし憎たらしいことこの上無いけど、本当は絶対絶対ぜーっっったい認めたくないけど、それは間違いない。
すっきりとしたフェイスライン、真っ直ぐ綺麗な鼻梁、薄いけど綺麗な形の唇、それから切れ長の黒目。ちょっと残ってる髭は別に無精して伸ばしているわけじゃない。ちょっと血色は悪いけど、海賊らしく多少日に焼けている肌は綺麗だ。おまけにこの高身長でこのスタイル。そりゃあ女には不自由しないことだろう。
って、何をそんな分析してる、あたし。

「何だ、見惚れたか?」

んのっっっ。

「んなわけあるかァ!!」

断じて違うわ!! すっかり油断しきってる(だろう)やつの横っ面めがけて、あたしの便所スリッパが牙を剥く!

「おっと」
「っ!」
「流石に2度もぶったたかれるのは勘弁だな」

結構痛ェしよ、と不敵に笑うトラファルガーの左手ががっちり掴んでるのは、スリッパを持ったあたしの右手。
ぐっと、トラファルガーの顔が更に近づいた。

「折角イイ女なんだ、もっと色っぽい顔しろよ」
「……生憎だけど、胸も色気も母胎に忘れて生まれてきてるのよね」

あ、駄目。今の科白言ってて自分でダメージ受けたわ。辛い。胸が無いのが辛い。色気も欲しいです本当は。会う人会う人(母の知り合いに限る)に「大平原の小さな胸2世」とか言われんのマジギルティ。てゆーかお前らの発育が良過ぎ。爆発しろ。そのぶら下げた脂肪の塊はじけ飛べ。もしくは半分くらいあたしに寄越せ。
っていうかトラファルガーさっきよりもっと近づいてない? ていうか息! 息かかるんですけど! ちょ、何!? 何が起こってんの今!? というか手を離せこらああああああああ!!

「顔、赤いぜ」

……は?

「なあ、ミュリエル?」

ちょ、待、


え?

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