血潮より濃く、光より目映き | ナノ


▼ 敗北

「あたしの心臓、返して貰うわよ」

できる限り余裕綽々を装い、短剣片手に言い放つ。此処は奴の船。その書斎。船に置くにしては背の高い本棚に、所狭しと収まっているのは殆ど全て医学書だ。基本的にそこらの海賊と同じく然程特別な教養のあるメンバーの多くないこの船。書斎なんてものはほぼこいつしか使用しないだろうというあたしの読みは、どうやら正解だったらしい。

「……助けでも呼ぶ? 別に良いけど、そんな真似したらこの部屋ごと吹っ飛ばしても良いんだからね」
「そりゃあ困るな。備忘録としてはどれも優秀なんだ」

つまり「中身は全部覚えてるけど何かの時に必要だから処分は止めろ」ってことですね、分かります。
いちいち自慢を挟まなきゃ喋れんのかこいつは。『死の外科医』がナルシーなんて話聞いたことないっての。

「けど、良いのか? お前の方こそ、こういう狭い場所で暴れンのは向いてねェだろ」

……チッ、意外と分かってる。まあこいつの頭なら分かっても当然か。
確かにあたしがもっとも得意とするのは、広範囲・高威力の精霊魔法や黒魔法だ。向き不向きってのもあるけど、単純に趣味と効率性の問題で。だから他の、例えばピンポイントで的打ち落とすタイプのやつはあまり使わない分、使用頻度の高い術に比べて練度は落ちる。
けど、だからって苦手だとか、使えないってわけじゃない。

「どうかしらね。悪いけど、あんたに手の内全部見せたつもりは無いわよ」
「お互い様だな」
「そりゃそうでしょう、ね!!」

この狭さでいつも使っている斬妖剣はNG。よってあたしの得物も、普段は手入れしかしない護身用の短剣だ。中央に魔石のついている、普通よりもちょっと頑丈な短剣、ってレベルだけども、これだって十分、あたしには使いこなせる。

「っと」

精一杯不意を突いたつもりだったものの、あたしの初太刀はトラファルガーに防がれた。いつも持っているあのクソ長い刀の鞘が、がっちりとあたしの太刀筋を防いで捌く。
けど、こいつもこの狭い場所で、そんな長い刀は振るえないはずだ。こいつが口にするほど本を大事にしていないとしても、積み重なる書籍や棚の障害で、太刀筋が阻害されることは十分に考えられる。

「『ROOM』」
「!」

ブゥン、という、あの例の嫌な音。だけど此処で怯んでちゃ拉致られたときの二の舞だ。
……あたしは足を止めない。返す刀はまた弾かれたけども、代わりに懐に一歩踏み込んで顎の辺りを狙って蹴りを入れる。

「おっと」

……避けられた!?

「意外と細ェな、脚」
「っっはあ!?」

意外とって何だ意外とって!! っていうかニヤニヤすんな!!

「そう熱くなるなよ。……『シャンブルズ』」
「っ!」

来た! と思った瞬間には、もう切り替わっている視界。いつの間にかあたしの視界からトラファルガーは消えていて、それどころか自分が今どこに居るのかも見失う。まさしく、というか文字通りの『瞬間移動』。魔族もビックリの物理法則無視術だ。普通であればこれだけで軽く脳味噌はパニックになり、隙だらけになるだろう。
あたしもそうだった。……けどあたしは、別にこれが初見ってわけじゃない。

「後ろ!」

前見て上下左右、どこにも居ないなら後ろ。振り返る間もなくその場から飛び退いたあたしの居た場所に、あの大太刀が振ってきた。……抜き身のまま。

「危っっないわね!!」
「お互い様だろ」

だからそのニヤニヤ止めろ!! と、怒鳴る暇もあたしには無い。『此処なら刀は抜けないはず』という、さっきまで当たっていたと思っていたあたしの読みが外れたことに、内心心臓はばっくばくである。
すんでの所で太刀筋を避けたあたしの居た場所、それからその延長戦は、酷く滑らかな切り口を見せてぱっくりと斬られてしまっている。床も棚も、それから分厚くて狂気になりそうな本も。
……くっそう、この読み違えはデカイ!!

「くっ……!」

とはいえ、此処で音を上げても何もならない。あわよくば本気で心臓返して貰うつもりだったのは言うに及ばず。それが出来ないなら、せめて他にあるかも知れない能力を1つでも引っ張りださきゃ割に合わない。

「ちょこまかすんな。――『ROOM』」

再び出来る青いサークル。そんでもって振られる大太刀。斬られた棚の破片や、ほんの一部があたしの方に降りかかってくるのを何とか避ける。

「こンの!」

どさくさで投げつけた短剣は床に刺さった。にやり、とトラファルガーの、腹立つくらい形の綺麗な唇が弧を描く。

「そろそろ終わりにしようぜ、ミュリエル」

意味深なタイミングで呼ばれたあたしの名。姿勢を崩したままのあたしの脚めがけて、トラファルガーが再度刀を振り上げ……

「あ?」

られないんだよね、これが!

「『影縛り(シャドウ・スナップ)』……動けないでしょ?」

明らかに重力を無視した姿勢で硬直するトラファルガーの影に刺さっている、あたしが投げた短剣。影を介して精神をその場に縫い付ける、精神系の精霊魔法。……汎用性の高さがあって、あたしのお気に入りの1つだ。

「テメェ、何しやがった……」
「あんたに教える義理なんか無い」

そんでもって、解説してやるほどあたしにも余裕は無い。べらべら喋ってるうちに、あの能力で短剣抜かれたら大変だ。少なくとも『影を縫い止められている』なんて発想があいつの頭に芽生えないうちに片を付けなければ……。

「気絶でもしてなさい!」

鞘ごと抜き取った斬妖剣を構えて、床を蹴る。鳩尾……は鍛えてそうだから、首の後ろあたりをぶっ叩いてやれば良い。気絶まで行かなくても、ちょっとの間昏倒させられれば、あたしの勝ちはそれで決まる!

「『タクト』」
「あ、っぐ!?」

どんっ。と、鈍い音、それから脇腹への重い衝撃。視線をそちらにやれば、何でかあたしに体当たりしている、人間の頭2つ分はありそうな医学書が丸ごと1冊ケース付き。
不意打ちだったのと予想外に衝撃が強いのとで、呼吸が一瞬止まった。

「惜しかったな」

そして気がつけば目の前に翳された、大きな手。ガランという音のした方向に視線だけ向ければ、床に刺さっていた短剣が抜けて転がっていた。
……うそ、

「な、ンで……」

ちょっと待って、まさかもう。

「『カウンターショック』」

強いてたとえるなら、母ちゃんあたりに思いっきりビンタされたときのような、物凄い嫌な音。それから目の前に飛んでくる流星群。
それを電撃と理解するのと同時に、あたしはトラファルガーの前で二度目の気絶をしたのだった。

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