血潮より濃く、光より目映き | ナノ


▼ 強制

あるべきものがあるべき場所にないって、何とも言えず気持ちが悪くなる。特にそれが自分にとって身近だったり、必要なものだったりするとその違和感は本当に半端ではない。そしてその原因がハッキリしているとなれば、

「うう……」
「何だ、まだ立ち直ってねェのか?」
「うっさいキャスケット野郎」
「そりゃ帽子の名前だろ!!」

それじゃペンギンはキャップ野郎じゃねーか!! と、ぎゃーすか喚いてくるキャスケットに白ツナギのあんちゃんにそっぽ向いたあたしは、そのまま服の胸元辺りをぎりりと握りしめる。

「トラファルガーぶっ飛ばす」
「いや、そこは諦めとぶばっっ」

トイレスリッパのフルスイングによって、紅葉というよりどちらかってーとごく普通の広葉樹っぽい痕をほっぺたに作って吹っ飛んでくキャスケット……もといシャチ。ちなみに此処は食堂で、辺りには他にも白いツナギの連中がご飯食べたりカードやったりしている。
最初の頃はこうやって誰かと言い争いやどつき合いになる度に止められたり窘められたりしたものの、流石は海賊。荒事には慣れているらしく、あたしがここに来てから数日も経った今では、すっかり日常の風景として受け止められるようになってしまった。
……まあ、それが逆に腹立つんだけど。

「不景気なツラしてんな、ミュリエル」

恐らく酷く難しい顔してたんだろうあたしの横から、明らかに楽しんでる様子の声がかかる。が、その声こそがあたしの顔を更に不景気にしてるって事……いや分かってんだろうけどね。ああもう、ホントむかつく。その澄ましっぷりがむかつく。

「気安く名前呼ばないでって何度言えば分かるの、トラファルガー」
「『船長』って呼べよ」

胃の辺りのむかつきが酷くなった気がする。ご飯食べられなくなったらどうしてくれるんだ、コノヤロウ。
あたしは思いっきり舌出して、目の前の男に中指を押っ立てた。

「絶対い・や」

胸の辺りを掻き毟りたくなるのを堪えて、食堂を出るあたし。というか実際掻き毟ってしまった。なんかほんとに重たいんだけど、ストレスで変な病気にでもなったんだろうか。

「あー……気持ち悪い」

つっかえているものを落とすように、何度も胸をなで下ろし、深呼吸を繰り返す。
本当なら筋肉の塊が脈打ってる筈のそこからは、少しの振動も伝わってはこない。それも当然のことで、本当なら肉とあばら骨の向こうにあるべきあたしの心臓は、今は文字通り『抜き取られて』しまっているのだ。
それも、あの憎らしいトラファルガー・ローによって。

『賭をしようぜ、大厄災屋』

あの日、美食の街プッチで気絶させられたあたしは、気がつけば奴の船に乗せられていた。船はとうに出航していて、目が覚めたときには既に心臓もなくなっていた。まるで青い透明な箱のようなものに入れられて、というか切り取られて収まっていたそれは、紛れもなくピンク色をした臓器の一部。それをあたしの顔の野側まで持ってきて『お前の心臓だ』と言われたときのあたしの衝撃が、果たして想像出来るだろうか。

『俺達はこれから「魔の三角地帯(フロリアン・トライアングル)」を抜けて次の島に向かう』

にやにやと、相も変わらず底意地が悪い顔。性格の悪さが透けて見えるわねと言ってやれば、お前も言うほど良く無ェだろと言われた。否定はしない。

『その間にお前が「コレ」を取り戻せればお前の勝ち、取り戻せず船が島に着けば俺の勝ち。お前が勝ったら「コレ」はお前に戻してやるし、そのまま船を降ろしてやるよ』
『それ、断るって選択肢無いわよね』
『いや? 断っても俺は構わねェが』

そりゃあんたはどっちでもイイでしょーよ。

『一応聞いとくわ。あんたが勝ったらどうなるの?』
『……さァな』

コノヤロウ……!! と、一瞬構わずぶっ飛ばしかけるところだったんだけど、こいつの心臓を抜き取ったのが悪魔の実の能力なのが明白な以上、あたしの心臓を戻せるのはこいつしかいないわけで。

『島に着くまでに考えといてやるよ』
『ご心配なく。無用なブドウ糖の消費に繋がるから止めた方が良いわ』
『どうだかな』

『まァ、仲良くやろうぜ、ミュリエル』
『……「大厄災」も嫌だけど、あんたに名前呼ばれるのもそれはそれで不快ね』

かくしてあたしは、この圧倒的不利な賭に乗ることを強いられ、なし崩しにトラファルガー率いる『ハートの海賊団』と一緒に次の島に行くことになったのだった。

取り敢えず、トラファルガーは近いうちに絶対ぶっ飛ばす。

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