血潮より濃く、光より目映き | ナノ


▼ 劣等

自分で言うのもなんだが、あたしは自分の容姿には実のところ、そこそこに自信がある。
小さい頃は母ちゃんに瓜二つだったあたしの顔立ちは、けれど旅を始めた頃から少しずつ父ちゃんにも似てきた。父ちゃん譲りの海色の眼は、子供のころこそ『どんぐり眼』と言われていたものの、二重はそのままに切れ長になった。手入れに手間をかけた髪は、天使の輪が綺麗に浮かんだ栗色。昔はくるくる巻いていたけれど、だんだん父ちゃんみたいな真っ直ぐになってきた。
ちんまりしてた幼児体型も、背が伸びてきたことで解決した。とはいえ160ちょいくらいだけど、実は母ちゃんよりも高い。肌は綺麗にしてるし、顔の形は卵型で、睫毛も長い。絶世の、とはいかないまでも、上の下から中くらいは狙えると自負している。

「ミュリーはホント、あたしたちの良いトコ取りしてるわね」

と、母ちゃんが自慢げに言ったのは、あたしが幾つのときだったろうか。子供を一人産んで育てた母ちゃんは、それでも顔立ちはどこか幼く、溌剌とした雰囲気と相まって、いつでも若いままだ。
自慢の母親。それは間違いない。天才美少女魔道士にして一流剣士……若かりし頃の自分をそう語っていた母ちゃんは、きっと本当にそうだったんだろう。横で聞いていた父ちゃんは「それを補って余りあるお転婆だったけどな」と苦笑して母ちゃんに引っ叩かれていたけども、母ちゃんの『天才』も『美少女』も『一流』も否定しなかったから。
一番の憧れで、目標。あたしにとっての母ちゃん、リナ・インバースはそんな存在だ。母ちゃんに似てると言われると、あたしはいつも嬉しかった。多少はまあ、コンプレックスの元にもなったけども。

「……」

けどまあ、その自慢の母ちゃんに似て『しまった』点で、あたしが数少ない、というか、唯一ダメージを受けているトコが、まあ、一か所だけ、ある。
……皆まで言わせないで欲しいモンだが、それは、そう。今年19になる妙齢の娘としては、心持ち、というか、まあ、ほんのちょーっぴり寂しい、胸。まあ、バストサイズ、という奴である。
実は父ちゃんに言わせれば「昔のリナよりはマシだぞ。何せ絶壁だったからな!」らしいんだが、そんな事実は全く慰めになっていない。というか、明らかに年頃の娘に対して口にするフォローでもないんだが……仕方ない、父ちゃんだし。
『こっち』に来て何に衝撃を受けたかって、そりゃあもう女の人達のばいんぼいん具合である。明らかにCとかDとか、下手したらEFでも合わないようなでっかいスイカみたいなサイズの女性があっちこっちにホイホイしてるわけである。しかも他の島でも同じようなモンで、これがこの世界の標準化と、あたしが死ぬほどショックを受けたのは言うまでもない。下手をしたら自分は男に間違われるんじゃないかと真剣に悩んだ程である。というか、実は今でもちょっと悩んでる。
そんなこんなで、あたしにとって『スタイル』とか『胸』の話題は、振れてほしくないワースト1、絶対禁句の話題なのだ。それを敢えて面白がって突っつこうとする奴なんぞ、正直台所にたまーに出てくるCP9の新入りと同じくらいには見たくないのである。

「ってわけで、消し炭と氷漬けとどっちが良いかしらね」

腰の得物にばっちり手を添えて、あたしがキツく睨むは長身の色男。180超えのあたしの父ちゃんより10センチは高いだろう身長に、憎たらしい程長い脚。帽子のせいか更に血作見える顔。眼の下にくっきり浮かぶ隈が不気味なものの、涼しげな眼もとに鼻筋、薄くて形の綺麗な唇。少し青がかかって見える髪と眼の色。しかし幾らイイ男であっても、あたしに昨日向けた暴言は決して許せるものではない。

「生憎どっちもごめんだ。……なあ、もう少し話をしようぜ?」
「お断りよ。死にたくないならさっさと消えて」
「こんな街中で騒ぎ起こす気か? いい加減機嫌直せよ」
「うるさい。そもそもあんたと話すことなんか何もないわよ」
「取り付く島も無ェな」

色男、もといトラファルガー・ロー。昨日あたしに失礼極まりない『口説き文句』をくれたこいつは、今日は部下も連れず一人でいる。隣にいた白熊が抱えていた長剣を抱えているところからして、アレはこいつの得物だったのだと今更知った。どうでもいいけど。

「良いからさっさと消えてくれる? さもないと本気で街ごとふっ飛ばすわよ」

鯉口を切ってメンチも切る。言っておくが、これがあたしの母ちゃんだったら顔を見た途端に火炎球の2つや3つはぶちかましてるとこだ。此処はホントあたしの優しさに感謝してほしい。「物騒な女だ」と肩竦めてるこのバカ垂れには分かってないだろうけど。

「そんなに気にしてんのか?」
「何をよ……あーあーあー! うるさい何も言うな!」
「まだ何も言ってねェだろ」
「言ってないけど言おうとしたでしょーが! このセクハラロリ趣味野郎!」
「誰がセクハラでロリ趣味だ。正当な口説き文句でごく普通の趣味だろうが」
「何処がだ!!」

ダメだこいつ早くなんとかしないと……! というか、リアルに身の危険を感じる寧ろあたしこそが早く此処から逃げた方が良い。少なくとも胸のサイズはさておき、『貧乳派だ』発言を正当だと思ってる時点でこいつはヤバイ。主に倫理的な意味でヤバイ。あたしが容赦しない『悪人』とはベクトルが違っているが、違っているせいでイマイチ対処がしづらい。

「付き合ってらんないわ……!」

折角腹いせの屋台めぐりをしてたってのに、これじゃ余計にストレスが溜まる。あたしはさくっとこの男から離れることにした。仮にも一食奢ってくれた奴に対する最後の慈悲のつもりで。

「待てよ」

お断り!!

「『Room』」
「っ!」

早足で過ぎ去ろうとしたあたしの視界に、異質なものが映った。それは薄い膜のようなもので、あたしのいる場所を含めた一定の範囲をドーム状に包み込む。それを視認した途端、あたしの背筋がぞくりと泡立った。
――これはヤバイ。すっかり口に馴染んだ『力ある言葉(カオス・ワーズ)』を唱えながら、あたしは腰の剣に手をやって振り返る。憎たらしい笑顔のトラファルガーが、町中にも関わらず長剣を抜いていた。
この野郎。もう『撤退する』なんて優しい手段はとりたくない。

「心配するな。痛みは無ェ」

あ、これアカンやつや。しかし奴が刀を振りあげた瞬間、あたしの呪文も完成する。

「エルメキア・ラ……」
「キャア――ッッ!!」

え、何?

「海賊だァ――!!」
「港に海賊が出たぞ――ッ!!」

……。

「……あんたも海賊じゃなかったっけ?」
「『略奪目的の』ってことだろ」

なんつータイミング。いや、ある意味有難いんだけど、ね。

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