血潮より濃く、光より目映き | ナノ


▼ 許容

「お前のことは新聞で何度か見た」
「新聞?」
「あァ」

注文を取り終えた店員が去っていくのと、にーちゃんが口を開いたのはほぼ同時だった。

「正体不明の賞金首。最初の懸賞金は7000万、王下七武海の『海賊女帝』に次ぐ額だな。更には異例中の異例の『生け捕り限定』。突如現れては、海賊・海軍問わず甚大な被害を与えていく謎の女」
「……」
「賞金額は……先日の更新で2億2000万ベリーだったか? ガブリエフ・『大厄災(カタストロフ)』・ミュリエル……手配書とはだいぶ雰囲気が違ェな」
「そりゃそうよ。アレ相当悪意のあるアングルだし」
「あァ、そうだな。『大厄災』なんて大層な異名がつけられるようにゃ見えねェ」

ま、おかげで街歩いてても早々バレないんだけど。
……このハンバーグ、デミグラスソースが超美味い。

「『火山の街』アガタで『イビルアイ海賊団』を全滅させたってのは本当か?」

相変わらずにやにや、何を考えてんだ分からないけど取り敢えず腹黒いってことだけは察せられる顔をしている。手配書どおりの人相の悪さだなとあたしは思った。

「イビルアイだか何だか知らないけど、海賊に喧嘩売られたのは覚えてるわね」

ハンバーグを切り分けながらあたしは答える。記憶の糸を手繰りながら、そういえばあの街はアガタと言ったかと思い出した。何せ『最初』はいきなり落とされて現状把握もままならなかったから、そこが何処とか何とか気にしてる場合じゃなかったのだ。
なんだか知らないけど街中壊しまくってる悪人面が何十人もいたもんで、おちおち落ち着いて聞き込みも出来なかったので纏めて御空の向こうにサヨナラしたのだ。

「サン・ピョートルで海軍の駐屯所と街全体を壊滅させたってのは?」
「あたしに喧嘩売ってきたマフィアとそこの代表が癒着してたのよ。下っ端が落としたブツがヤバそうだったから調べたら後は芋蔓式。けど街をぶっ壊した覚えはないわ」

……山は三つくらい吹っ飛ばした記憶あるけど。
そこでパエリアと海鮮丼が来たので、あたしは使っていたフォークとナイフを横に置き、代わりに箸とスプーンを手元に置いた。

「シャラ島の海域で軍艦3隻沈めたって聞いたが」
「それは嘘。1隻やったら他2つ逃げたもん。まあどっちも横っ腹に穴開いてたから、逃げてる途中で沈んだのかもね」

見てないもんは知らない。きっぱり言ってパエリアの最後の一口を食べる。
あ、おねーさんカレーはそこ置いといてね。あとデザートもそろそろ持ってきて欲しい。

「……『麦わらの一味』と一緒になって、エニエス・ロビーを落としたのは?」
「それはホント」
「被害もか?」
「そこは大分盛られてるわね。少なくとも島が燃えたのはバスター・コールとかいうののせいよ。軍艦は逃げる途中で幾らか潰したけど」

流石のあたしもあれは無傷では済まなかった。CP9だか何だか知らないけど、異様に強かったし。……ていうか化け物でしょあれは。麦わら一味も酷いけど、正直この世界の、特に海賊と呼ばれる『人間』の殆どは、あたしの基準ではもう人外の枠のど真ん中である。

「政府に恨みでもあったのか?」
「当然よ。あたしはあたしが懸賞金なんか懸けられてる事実に納得なんかしてないもの」

何を当たり前のことを。と、鼻を鳴らしたあたしに、にーちゃんは酷く面白そうな顔をしてみせた。……なんかこのツラ覚えあるな、主に母ちゃんが『パシリ魔族』って呼んでたおかっぱ頭のゴキブリ野郎とちょっと似てる。気がする。

「ていうか随分掘り下げてくるわね」
「興味があってな」
「ふうん。変わった趣味ね。海賊じゃなくてアナウンサーにでもなったら向いてるんじゃない?」

真顔で半分くらい本気で言ってみたが、にーちゃんは笑うばっかりだ。代わりにキャスケットのあんちゃんが「あんだと……!?」とちょっとキレそうになってたが、その横のキャップを被ったあんちゃんに押さえつけられてた。なんとなくだが力的関係が見えた気がする。

「意外と部下に慕われてんのねー、オニイサン」

悪人面の割に。という一言は飲み込んでおく。するとにーちゃんはキャスケットの方も見もせず、代わりにちょっとばかし笑みを消した。

「俺はお前に名乗らなかったか?」

名乗られてないっつーの。名乗った覚えも無いけど。

「トラファルガー・ローだ」
「『死の外科医』でしょ?」
「知ってんじゃねェか」
「自分から名乗らない人の名前を勝手に呼ぶなんて、失礼だと思わない?」

暗に『礼儀が無い』と揶揄してやれば、にーちゃんもといトラファルガーはにやにやをまた深めた。意外と堪忍袋の緒が頑丈らしい。否、それとも単に冷めてるだけか。

「まあいいわ。奢って貰ってるし不問にしたげる」
「ククッ、そりゃ有難ェな」

どう甘く見ても「有難い」なんて思ってなさそうなオニイサンは、どうやらまだ喋りたいことがあるらしい。なんか面倒くさそうだけど、折角奢ってもらってるのを不意にしたくないので、あたしも席は立たないでおく。
運ばれてきたパフェからバニラを取って除けたあたしは、丸いチョコレートアイスに殆ど一口でかぶりついた。

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