血潮より濃く、光より目映き | ナノ


▼ 大食

「いいぞー、姉ちゃん!」
「よくやった!」

やっと静かになった店内に満足。一つ飲みなおそうとカウンターに戻りかけたあたしを、口笛と拍手が出迎える。……ああ、これはまずい。もうこれは静かに飲める雰囲気ではない。ご飯は賑やかでもいいけど、酒は静かに飲みたいのだ。

「おい」

やっぱり店を変えようと踵を返したあたしを、やけにイイ声が引き留めた。

「待てよ、大厄災(カタストロフ)屋」

……。

「その渾名で呼ぶのやめてくれる? 正直嫌いなの」
「フフッ……そりゃ悪かった。だが間違ってねぇだろう?」
「不本意だけどね。ていうか何? 何の用?」

振りかえって一番に目に飛び込んだのは、白熊……もとい、その横でふんぞり返ってる若いにーちゃん。

「そうカリカリすんな。口直しならこっに来ねェか? 奢るぜ」
「……二言はないでしょうね」
「あァ、勿論」

底意地悪そうに笑うにーちゃん達の懐事情は、取り敢えず不明。船員全員同じツナギに揃える程度の財力はあるらしいが、まあ知ったこっちゃない。

「何処に座れば?」

顎で示された場所に座る。丁度男の真向かいだ。別に気にしない。深々と腰かけて、近くにいるにーちゃんの仲間(キャスケットを被ってる)に手を出した。

「メニュー頂戴」
「へ? あ、ああ……」

よしよし。正直パスタだけじゃ物足りなかったんだよね。さっきちょっと動いたからまた小腹空いてきたし。
「すいませーん」とメニューを持った手を振る。

「はっ、はい、ただいま!」

早足で近づいてくるバーテンの顔が青いのは気にしない。さっき多少床に零れた血のりを吹いたからか、白いワイシャツにちょっとばかし赤黒いしみが付いている。

「ご、ご注文は……」
「えーと」

そうそう、注文しないと。

「『ピンクムール貝のパエリア』『超新鮮海鮮丼』『タンドリースペシャルチキン』に『ヴィロマトンカレー』、あ、カレーはナンとライス両方ね。あと『フラワーサザエの炙り焼き』と『黒毛豚・牛のスペシャルハンバーグ』『グランドサーモンのムニエル〜檸檬ソース添え〜』も追加。それからサイドメニューも全部ね。飲み物はグリーンティの冷たいの、ジョッキで。あと食後のデザートに『ワノ国産抹茶のアイスクリーム』と『十五段パンケーキ』と『タワーチョコレートパフェ』も一つずつ」
「「「何の呪文!?」」」

は? 何言ってんの?

「お、おい姉ちゃん……!」
「何よ」

さっきのキャスケットのあんちゃんが真っ蒼な顔でなんか言ってる。チラチラとあたしの向かいの男とあたしを見比べて。
……何よ、男の癖にみみっちい。

「奢ってくれるんでしょ?」
「へ、」
「奢ってくれるって言ったじゃない。あんたらの船長さんがご丁寧に」
「そ、そりゃそうだけどよ……けど、その」
「だから何よ。折角の度量ある船長さんの顔に泥塗るつもり? それとも、女一人の胃袋も満足させられない程度のお財布事情なわけ?」

どうなの? と向かい側を改めてみる。相変わらず偉そうな態度のにーちゃんは、何が面白いのか薄暗い笑みを更に深くした。

「フフッ……あァいいさ。約束だ。好きに食えよ」
「じゃ、遠慮なく」

あーよかった。折角来る途中稼いだ路銀がまた心もとなくなるとこだった。……てのは嘘だけど、自分の財布を痛めずにお腹いっぱい食べられるってのは最高だ。
とはいえその余裕綽々っぷりがちょいとムカついたので、あたしはこの店で一番高いワインも、ついでにデキャンタで頂くことにしたのだった。

「あり得ねぇ……なんだこの量……」
「つーか何処入れてんだ……」

だまらっしゃい。うちは代々痩せの大食いなのだ。

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