闘っていた。正確にいうと、理性と本能が頭の中で闘っていた。目の前には上気した頬を隠すことなく自分を見つめる焔椎真がいる。その赤い唇は唾液で濡れそぼっておりひどく扇情的で、愁生は思わず生唾を飲んだ。
そしてこの台詞である。

「愁生、もっかいキス」

確かにこの事態の元凶は自分であると愁生は自覚していた。自分であるが、仕方ないではないかと愁生は心の中で弁解する。先日、ずっと好きで好きでしょうがなかった焔椎真がようやく自分を恋愛の対象として見てくれて尚且つ自分を選んでくれて、舞い上がっていたのだ。だから思わず顔を真っ赤にして俯く焔椎真にキスをしてしまったのだ。元よりあんな可愛い焔椎真に自分が何もしないでいられるはずがなかった。

「今したばかりだろう?」
「もっかいだけ」
「さっきも言った」
「う…だって」
「…」
「愁生とのキス、すげ…きもちいんだもん」

上目遣いでとんでもない台詞を吐く焔椎真に、愁生は卒倒寸前であった。
焔椎真は純粋だ。これまでキスはおろか異性と手を繋いだこともないくらい純真無垢な子だ。だから初めてキスをした時ももちろん驚いて挙動不審になってそんな焔椎真ももちろん可愛かったが、まさか
こんなにキスにハマってしまうとは!

「………」
「愁生、お願い」
「…わかったよ」
「やったー!」

愁生はため息を吐きながらも目を閉じた焔椎真の唇に自分のそれを押し当てた。自分だって、焔椎真とのキスは好きだ。想像していたよりも柔らかい感触も、顔を寄せた時に香る焔椎真の匂いも、気持ちよさそうに瞼を震わせる仕草も、どれも愛しくて堪らない。

「ん、んぅ」
「…」
「んん…はふ」

そう、堪らないから困っているのだ。ずっと好きで好きでしょうがなかった焔椎真が自分とのキスを求めてくるこの状況に、鼻にかかる甘い吐息に興奮しないはずがない。それでも触れるだけのキスで抑えている自分に最大級の賛辞を贈ってやりたいと思うのは当然のことだろう。無法地帯である脳内ではとっくにこの小さな口に舌を捩じ込んで服なんて邪魔なもの脱がせ細い腰に跨がり口内だけでなく耳や首や脚やその他諸々まで舐め回し云々…
とにかく、愁生は堪えていた。今だってキスに酔う焔椎真の身体を掻き抱きたい気持ちを押し殺し、肩に手を置くだけに留めているのだ。唇を離せば潤んだ瞳といらやしく濡れた唇が目に入ったが、気付かない振りをする。誤魔化すように焔椎真の髪を撫でると、彼もいつもの表情に戻っていた。

「満足した?」
「うん」
「そうか。じゃあもう寝、」
「愁生」

呼ばれて顔を上げるとふに、と柔らかいものが唇に触れた。犯人である焔椎真はへへ、と無邪気に笑っている。思いが通じ合ったあの日からもう幾度となく唇を重ねてきたが、焔椎真からのキスは初めてだった。

「愁生、ありがとう。大好きだ」
「………」
「じゃあ、部屋戻るな。おやすみ」

ぷつんと、愁生の頭の中で何かが切れる音がした。それから自分の部屋に戻ろうと腰を上げた焔椎真がベッドに押し倒されるまで十秒とかからなかった。


K(キス/キミ)の虜



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