りガール
(恋患いガールその後)



「ほーつま」
「…んー」
「またその小説読んでるんだ。…でもあんまり進んでない?」
「…言うな、十瑚」
「ごめんごめん。ふふ、でも活字嫌いの焔椎真がそんなミステリー小説読むなんて…本当驚きだわ」

「恋って偉大ね」とにっこり微笑む十瑚に対し、焔椎真はただ口ごもることしかできなかった。ふと教室に備え付けられた時計に目をやると終業時間をとっくに過ぎていたので、焔椎真は慌てて帰り支度に取りかかった。

「ごめん十瑚、今日は…」
「デートの日でしょ?いいよ、気をつけてね」
「ちがっ!で、デートじゃ、」
「いーから早く行く!」

デートじゃ…。十瑚に急かされ、焔椎真は釈明する隙もなく教室を後にした。まったく十瑚には敵わない。ため息を吐きつつも、階段を駆け下りる焔椎真の足取りは軽かった。一段飛ばしで踊り場に足をつければふわりと揺れたスカートに、焔椎真は得意そうに微笑んだ。




「愁生!」
「焔椎真」
「はあ…ごめん、遅れた?」
「いや、ぴったりだよ」

待ち合わせの駅に着くと、すでに愁生はそこにいた。いつも待たせてしまって申し訳ないと思ったが顔に出ていたようで、愁生は「気にしないでいいよ」と焔椎真に声をかけた。

「学校、大変だろうから。お疲れ様。ちゃんと勉強した?」
「……」
「焔椎真は素直だな」

くすくすと笑いながら愁生はゆっくり歩き出す。焔椎真もそれに倣い、賑わう街へ足を進めた。「手」と言われ反射的に両腕を差し出すと、愁生の手によって拐われていく通学鞄。こうなると帰り際まで返してくれないのは経験から学んでいたので、焔椎真は大人しく礼を述べる。焔椎真の鞄を肩にかけた愁生は、そんな彼女の姿に満足げに微笑んだ。

「勉強は…好きじゃないんだ」
「ふふ、そうなの」
「あ、でも、愁生の本はちゃんと読んでるよ!それが一番勉強になってるかも」
「え」
「青い表紙のやつ。難しい言葉とかちゃんと辞書で調べるもん。私頭悪いから何回も読まないとだめだけど、愁生の書く文章、好きだし、それに」
「…」
「…愁生?」

あれから、何度かこうして会ううちに知ったこと。愁生は名の知れた小説家であった。有名な賞もとっているらしく、彼の最新作はどこの書店でも一番目立つ売り場に並べられていた。そんな彼が、今自分の隣を歩いて、自分と会話をしているなんて。焔椎真は未だに信じられなかった。

口許を手で押さえ黙ってしまった愁生に、焔椎真ははっとした。高校生の自分なんかが口出しして、気を悪くさせてしまったのだろうか。

「ごめん愁生…仕事の話なんか」
「え?あ、いや…違うんだ。嬉しくてね、焔椎真が読んでくれるなんて…」
「クラスの子もみんな読んでるぞ?」
「焔椎真は別だよ」
「……愁生…あんま、そういうこと…」
「…嫌だった?」
「そうじゃなくて…」

思わず焔椎真は足を止める。最初はからかわれているのだと思っていた。そうでなければ、愁生のような素敵な男性が自分のようなまだまだ世間知らずの高校生を相手にするはずがない、と。(得することだってないだろうに。)
しかし、愁生は焔椎真を子供扱いしたりせず、いつだって一人の女性として接してくれた。

『スカート…似合うね』

何より初めて二人きりで会った時、学校の制服という可愛いげの欠片もない自分の姿に向けられた彼の言葉に、焔椎真は腰が抜けそうになったのだ。ずっとずっと恋い焦がれた愁生がくれた言葉。それは宝石のように今もなお焔椎真の心を照らしていた。お世辞だって構わなかった。

そうだ、勘違いだって構わない!

「焔椎真?」
「…ねえ愁生」
「ん?」
「これって、デート?」

途端に咳き込む愁生。その耳が徐々に赤く染まっていくのを見て、焔椎真は呆気にとられた。可愛い。そう思ったら笑みが溢れた。
こうして会ううちに知った愁生のこと。小説家であること、自分よりずっと大人であること、実は不意打ちに弱いことと、

「…焔椎真、笑いすぎ」
「はは、ごめん」
「そんなこと言うと…期待しちゃうよ?」
「え?」
「…そうだよ。あのカフェに通ってたのも…焔椎真をデートに誘いたかったからなんだ」
「しゅう、せ」
「ねえ焔椎真…」

「俺の彼女になってくれないか」

彼も恋をしていたこと。




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