背伸びなんてしないでありのままのでいて
(高校生と社会人)




焔椎真は緊張した面持ちで高級車の助手席に座っていた。その姿に苦笑しつつも、車の持ち主である愁生は慣れた手付きでハンドルを回す。

「似合ってるよ」
「…それさっきも聞いた」
「だってすごく可愛いんだ。何度でも言いたいくらい」

焔椎真はぷいと窓の外に目を逸らした。今来ている服は以前愁生が買ってくれたものだった。高校生の自分では手が届かないような、上品な黒のトップスと綺麗なプリーツの入ったスカート。一目で高級なブランド物だと確信した。自分にはもったいないと断ろうとしたが、「今度これ着て食事に行こうね」と誰もが恋に落ちるような笑みで言われてしまい、それは叶わなかった。今日がその日であった。
ネオンが輝く夜の街を眺めながら焔椎真は小さく息を吐く。彼女を乗せた車はオフィスビルが建ち並ぶ道路を走る。速度が落ちた。どうやら駐車場に着いたようだった。車は流れるような動きで駐車され、助手席の扉が開かれた。
焔椎真に手を差し伸べてくる愁生はスーツではないものの、清潔感のある白いワイシャツにテーラードの灰色のジャケットを羽織り、下は細身の黒いパンツという、大人の男性らしい格好をしていた。周りにいた女性はみんな愁生に釘付けだった。焔椎真は勇気を出してその手に自分のそれを重ね、車から出る。履き慣れないヒールが少し辛かった。
エレベーターから降りると、上品でシックなフロアが目の前に広がった。周囲をドレスアップしたきらびやかな女性やそれをエスコートする男性が優雅に歩いてる。奥には高級感のあるレストランが見えて、焔椎真は背中に変な汗が流れるのがわかった。思わず隣にいた愁生の服を掴む。

「…」
「…焔椎真?」

本当は、焔椎真はこんなところ来たくなかった。高校生の自分には手の届かない世界。社会人であり大人である愁生に見合う女性になりたくて今回の誘いを承諾したが、返って自分の幼さを思い知らされてしまった。
助けを乞うように愁生を見上げる。愁生が言葉を発しようと口を開けた瞬間、店員らしき女性が声を掛けてきた。

「…碓氷様?お待ちしておりました」
「…ああ。悪いんだけど、今日の予約ってキャンセルできる?連れが体調を悪くして」
「あ…それは、はい。いつもご贔屓して頂いておりますし…。あの、店内で休まれますか?」
「いや、いいよ。ありがとう」

そう言うと愁生は小さく震える焔椎真の肩を抱き寄せ、来た道を戻った。焔椎真は恥ずかしくて、しかしそれより何より愁生に申し訳なくて、顔を伏せた。

駐車場まで戻ると、愁生は後部座席に焔椎真を座らせ、自分もその横に座った。

「…」
「…足、靴擦れしてるね。脱げる?気付かなくてごめんね」

優しい愁生の声に焔椎真は目の奥が熱くなった。ふるふると首を振ると、愁生はそっと焔椎真の赤い靴を脱がせた。焔椎真は意を決して口を開く。

「…愁生」
「なに?」
「……ごめんなさい」
「…なんで焔椎真が謝るの?」
「せっか、せっかく、愁生が、連れてきてくれたのに、私…」
「違うよ。俺が無理やり誘ったの」
「ちが、…すごく嬉しかった。…服も。でも、私、じゃ、全然…」
「焔椎真…」
「愁生、ごめんなさい…嫌いにならないで…」

堪えきれず、焔椎真の口から嗚咽が漏れた。愁生はそんな焔椎真を引き寄せ、抱きしめる。力を入れたら折れてしまいそうなほど細い身体。そうだ、彼女はまだ高校生だった。愁生はひどく後悔した。大切な大切な焔椎真にこんな顔をさせてしまうなんて。

「焔椎真…ごめんね」
「…ち、がう、わたしが」
「嫌いになんかならないよ。なるわけない。こんなにも焔椎真が好きなのに」
「…」
「本当にごめん。どうしたら焔椎真を喜ばせることができるかって、考えすぎて空回って…傷つけた」
「そんな、こと」
「今からでも許してくれる?焔椎真の行きたいところに行こう。遊園地でもどこでもいいから。焔椎真が楽しいって思えるところに行こう」
「でも…愁生…」
「どこでもいいよ。焔椎真と一緒にいられるなら」

愁生は焔椎真を安心させるように何度もその背中を撫でる。呼吸が落ち着くと、焔椎真はぎゅうと愁生の首にしがみつき、精一杯のおねだりをした。

「…愁生の家がいい」
「俺の部屋でいいの?」
「うん。愁生の部屋がいい…愁生と二人っきりがいい」
「いいよ。俺もこんな可愛い焔椎真…もう誰にも見せたくないな」

ふわふわ揺れる髪を退けて現れた愛らしい耳に囁くと、ようやく焔椎真は今日初めて笑った。



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