惑のマイレディー



私服に着替え終わった佐藤は休憩室で煙草を吸っていた。窓の外は暗く、壁にかけられた時計の短針は10時を指していた。
ガチャンと女子更衣室の扉が開く。出てきたのはこちらも私服姿の相馬だった。相馬は申し訳なさそうに小走りで佐藤の元へ駆け寄る。

「ごめんね、お待たせ」
「いや」
「佐藤くん鍵当番なのに、ごめんね」
「気にすんな。どうせ一緒に帰んだし」
「…あ、う、うん」

佐藤の言葉に相馬は嬉しそうに頷く。そんな相馬の反応に佐藤は恥ずかしくなり、誤魔化すように持っていた煙草を灰皿に押し潰した。
二人並んで店を出る。外は予想以上に寒かった。佐藤は横にいる相馬を見下ろした。細いこともあってか、彼女は随分薄着に見えた。

「寒くないか?」
「ん…平気。でもやっぱり日中よりは冷えるね」
「さっさと車行って暖房入れるか。足下気をつけろよ」
「うん」

佐藤が手を差し出すと、相馬はにっこり笑ってその腕に絡みついた。手を繋ぐだけのつもりだった佐藤だが、相馬が機嫌よさそうに自分の肩に頭を預けてきたので、何も言わなかった。
女の子らしい白いスカートを揺らしながら歩く相馬に合わせるように、佐藤は歩調を緩める。駐車場までは少し距離があった。

「寒いね」
「あー」
「早く佐藤くんの車行きたい」
「ん」
「それで、いっぱいキスしたい」
「…」

「仕事中はできないんだもん」と頬を膨らます相馬に、佐藤はため息をついた。仕事中でも隙あらばしようとしてくるくせに。しかし佐藤はそれを強く咎めたことはない。仕事中に自分をちらちら見上げてはチャンスを窺う相馬を見るのが、佐藤の密かな楽しみだった。
駐車場に着き車のロックを外すと、佐藤は助手席のドアを開けて相馬を座らせた。それからドアを閉めようとしたのだが、相馬が腕にしがみついたまま駄々をこね始めたので、佐藤はまた一つため息をついた。

「…相馬」
「やだ、離れたくない」
「運転席にまわるだけだろ。すぐ隣行くから」
「やだ」

いやいやと相馬は首を振る。二人は恋人同士ではあるが、仕事中の佐藤は相馬を同僚として扱った。それは相馬も納得している。だからこそ、今ようやく同僚から恋人へと戻ったのだから、相馬はもう一時も佐藤と離れたくなかった。
佐藤は相馬の座るシートに手をかけ、不満そうに歪む彼女の唇に自分のそれを押し付けた。突然の彼の行動に相馬は驚いたが、ようやく与えられた佐藤からの口付けにうっとりと目を閉じた。

「ん、ふ」

何度か角度を変えて相馬の甘く柔らかい唇を啄むと、佐藤の腕に絡まっていた相馬の手がほどけていった。ゆっくり唇を離す。長い睫毛がふるりと震え相馬が目を開けた。物欲しそうに自分を見上げてくる彼女がひどく愛しかった。一時も離れたくないのは佐藤も同じなのだ。

「博」
「…」
「ちょっとだけ、な?」

相馬がこくんと頷いたのを確認すると、佐藤は「いい子だ」と相馬の青い髪に口付けた。それから助手席のドアを閉め足早に車の反対側に回り、運転席に乗り込んだ。

「よくできました」

言うと同時に助手席に座る相馬が抱きついてきた。佐藤は今度こそ彼女の望みを叶えるべく白く滑らかな頬に手を添えた。



「…ん、はあ、帰ったら、たくさんえっちしようね?」

(ああまったく、彼女には敵わない)




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