「っ…風間くんのバカ!」
部活中にみょうじの言葉が頭をよぎる。そんなに俺が嫌だったのか、と思ったのと同時に、残酷だと思った。ぱたりと汗が落ちる感覚がする。
「この俺に、馬鹿か」
「何言ってんだ。いきなり女の唇奪うやつがあるか」
土方が呆れたように言った。俺だってそんなことは考えていなかった。ただ、腹が立った。隣の席で無防備に晒す寝顔や、土方の前で晒す笑顔や、なにも気付かない鈍感さに。同時に、それをずっと想ってきた。
「素直に好きだって言えばいいじゃねえか」
面倒だというように土方が呟く。俺らしくもない。女に拒否されたことなどなかったからな。
「まあ、もう良い」
「そうか」
土方は一瞬ためらうような顔をした後、笑った。竹刀はしたたかに面を打った。



道場の外に出ると、さあっと風が吹きぬけて、濡れた髪の毛が揺れる。
「風間くん!」
呼ばれて振り向くとみょうじが立っていた。今にも泣きそうな顔だ。何故此処に居る。一番逢いたくないのに。
「あのね、私の話聞いて。謝らなきゃいけないの」
途端、手をぎゅっと握られる。残念ながら、俺はその手を振りほどくことができなかった。もういい、そう言おうとする前にみょうじが話し出す。
「私、風間くんのこと全然知らないの。だから、その、キスされたときもびっくりした」
「…悪かった。忘れたければ忘れればいい」
「っ違うよ!!」
口がへの字に曲がっている。泣くまいと必死なんだろう。
「だから、全然なにも知らないなら、これからもっと知りたいって思った。バカだなんていってごめんなさい。ちゃんと考えて思った。本当は嬉しかった。私なんかに告白してくれて」
でも、とみょうじは続ける。
「私ひどいこと言ったから、嫌いになったよね」
自嘲気味に笑った彼女は、不意に明るい声になって言う。
「これからも、お友達でいてね!」
「待て」
口を突いて出たのは、ぜんぜん優しくない言葉だった。
「確かに、お前は馬鹿のくせにこの俺に馬鹿だと言ったな」
「…うん」
「責任を取って俺と付き合え」
「えっ?はい…?」
目を丸くして見上げるみょうじの唇に口付ける。今度は突き飛ばされなかった。

"全然知らない"が"全部知ってる"に変わるまで、もう少し。


Everything/120213~0220