「失礼しまーす、土方せんせー」
「みょうじか…何だ」
「そんな怒らなくてもいいじゃないですか…古典の質問ですよ!」
職員室に行くと、土方先生は機嫌が悪いのか、眉間にしわをくっきり寄せていた。纏めていた書類がばさりと机の上に置かれる。先生はぶつぶつ言って、嫌そうな顔をしつつも、ちゃんと私のところに来てくれた。
「どれだ」
「これって、どうして推量の意味が含まれるんですか?」
しばしの沈黙。ちらりと先生を見ると、恐ろしい形相で睨まれた。
「…これはなんの捻りもないただの助動詞を覚えてねえだけじゃねえか…」
「……あ」
「ここで俺が採点してる間に助動詞全ての活用と意味を3回ずつ書け!」
「はい…」
ひどい。こんなことなら誰か他の人に聞けばよかった…。がむしゃらに渡されたルーズリーフにシャーペンを走らせる。離れたところで永倉先生が「みょうじファイト!」とガッツポーズをしてくれて、なんだかやる気が出た。頑張ろう。



「おわたー!」
「ったく…お前は」
全部を書ききった頃には、辺りは真っ暗だった。学校にも土方先生と私しかいない。
「遅いから送ってやる」
ガチャガチャと校舎の鍵を閉めながら先生は言った。たまには優しいんだなあ。
「先生、」
「何だ」
「やっぱ、なんでもないです」
ほんとはありがとうって言いたかったのだけど、なんだか恥ずかしくなって言えなかったのは秘密。その代わりにうひひ、と笑うと先生も何だよ、と笑った。



街灯が私達を照らして、影が長く長く伸びる。
「また明日な」
家の前に着くと、もう少し先生といてもよかったなと思った。いつもは怒られるから、あんまりそうは思わないんだけど。先生は背中を向けてすたすた歩いていく。
「先生、」
「何だ」
振り返る先生をひき止めるように、でも笑いながら言った。
「ありがとうございました!」
今度はちゃんと言えた。先生は一瞬止まって、なまえの満点を期待、ともう一度笑った。


しるし/120104