斎藤先輩は私の彼氏。でも先輩から好きだと言われたことはない。手を繋いだこともない。付き合ってるのに。
「なまえ」
先輩は今日も私の教室に来て、名前を呼ぶ。カッコイイなと思う。でも、これでいいのかなとも思う。
「今日は委員会で遅くなる」
「じゃあ、待ってます」
「…すまない。あまりにも遅くなるようだったら先に帰ってくれ」
普通は手を繋いで、彼氏彼女みたいに帰るんだろうけど、先輩はあっさりそう言ってしまう。ああしたい、こうしたいって思うのはただの私のわがままだとわかっているのだけど。
「相変わらず一くんも無愛想だな」
「愛が足んないよ…」
「だよなー。俺もなんでうるさい系女子のなまえと一くんが付き合ってるかわかんねえ」
「うるさい!」
「ごめんごめん」
先輩とは剣道部が一緒ってだけだし、平助がそういうのも尤もだけど、それでも。なんだか私の中の糸は絡まったまま。



「遅くなってすまない」
「いいんです」
先輩の顔を見ずにそう言った。なんとなく悪い気がしたけど。私は先輩にわがままも言えないんだなあと思うと悲しくなる。私は先輩のことが好きだけど、先輩はもう私には飽きたのかな。涙が視界をうっすら揺らす。思わず下を向いた。
「なまえ」
不意に、先輩が私の頬に触れた。先輩の顔が近い。頬が、赤い。はじめて見る顔だった。びっくりして目を見開くと、もう涙は消えていた。
ふにゃりと唇が唇に触れる。移る熱。どくんどくんと音がする。目を瞑っても熱は消えない。唇が離れて、頬の熱に気付いた。先輩は顔を真っ赤にして私を見ている。かわいいなと思った。もう、さっきみたいな不安はない。先輩は笑った。私もつられて、笑った。



斎藤先輩は私の彼氏。でも先輩から好きだと言われたことはない。手を繋いだこともない。付き合ってるのに。
でも、先輩と私はキスをした。