「よいしょっ!」
「おい、汚れが残っている。ちゃんと拭け」
「天霧さーん!雑巾どこー!」
外はどしゃ降りで、依頼人は来そうにない。予約が一件も入っていなかったことを風間は思い出した。窓ガラスを強い風ががたがたと鳴らす。外はひどい雨風で、空は真っ暗だ。
「何で私がこんな雑用をさせられてんのか意味わかんない」
「あなたが依頼料金を払わなかった代わりです」
「全く…もう忘れたのか、愚か者」
そんなわけで学校帰りのなまえは、相談室の掃除をさせられていた。普段は天霧が掃除をしているが、ここ最近は天霧が温泉に出かけたり、風間となまえによるライブの準備があったりと、部屋が荒らされているレベルに汚かった。案の定、風間はなまえの掃除のクオリティーに文句をつけた。
「おい、ゴミも残っているではないか。ちゃんと取れと言った筈だろう。全く…お前は本当に千鶴と同じ女子高生か?少しは見習え。同い年だとは到底思えん」
…また千鶴の話か。いいもん、どうせ私なんか終わった系女子高生だし。現役スターの千鶴と比べられたら負けるよ。ってか今は千鶴関係ないじゃん。なまえは返事もせず、黙々と床を拭いた。
「あいつは大したものだ。13歳までにデビューできなければ音楽の道を捨てて生きようとしていたが、やっぱり諦めきれず最後のチャンスだと思いオーディションに応募し、合格。そして(ry」
自慢気に語る室長にイライラするあまり、なまえは雑巾を投げつけたかったが、なんとか留め、負けじと反撃体制を取った。
「でもさ、室長だって全然カッコよくないよ。同い年の土方先生の方はめっちゃカッコいいのに!」
「なっ…」
「土方先生なんか教頭先生と剣道部の顧問と風紀委員会の顧問やってんだよ?しかも生徒に自習教室開いて監督したり進路相談までしてるし。それに比べて室長なんか一日中千鶴にウヘウヘ言ってるだけじゃない!」
なまえは自分がむきになっていることに気づいていながらも、言葉を押さえることができなかった。ポイポイと不満が口から出てくる。自分をバカにされたことじゃなく、千鶴と比べられたことに腹が立った。
「貴様…俺を土方なんぞと比べるな!馬鹿にしている!自分が千鶴より劣っていると言われて図星だったのだろう?」
そう言って風間がなまえを嘲笑うように見やった瞬間、遂にそのドヤ顔に雑巾がクリーンヒット。何をする!と室長がぶちギレた瞬間、なまえは叫んでいた。
「大体!何なのお悩み相談室って!ふざけすぎて笑っちゃうよ!」
口に出してから、なまえははっと我に帰った。そんなこと、言うつもりなかったのに。だが一回口にしてしまったものは、もう戻らない。風間は静かになまえを見つめて言った。その表情からは、何も感じとることができなかった。冷たく言葉が発せられる。
「…そうか。ならばもう二度と此処へ来るな」
何なのそれ。散々こきつかって置いて。怒りに任せてカバンをひっ掴み、なまえはドアを開けて外に逃げるようにして出ていった。バタンとドアが閉まる大きな音に、風間は顔をしかめた。そして、やれやれと腰掛けたソファーの横には、先からぽたぽたと水滴を落とすなまえの傘が立て掛けてあった。
「馬鹿者…」
一方のなまえは、相談室から飛び出した後、どしゃ降りの中を全速力で走っていた。
「ぶえっくしょい!!」
おっさんのようなくしゃみをしたら、腹が立つのも収まってきた。だんだん走るスピードがゆっくりになり、遂になまえは立ち止まる。雨がざあざあとその体を打って、制服が水滴まみれになった。
もういいや、お悩み相談室には行かない。でももう私、依頼料金くらいの働きはしたはずだ。これから放課後は毎日土方先生の所で雑用でもしよう☆
そう思えば嬉しいはずなのに。口許が情けなく歪む。なまえはそっと唇を噛んだ。



「ごほっごほっ」
翌日なまえが目を覚ますと、頭が鉛のように重かった。普段は風船のように軽いのに、という冗談を言う元気もなかった。
「だめだ、今日土方先生の授業あるから休めない」
結局ぼんやりした意識のまま、なまえは学校へ向かった。外は相変わらずの雨だった。ぶるりと身震いをする。学校に着くと時間が経つにつれて体調がおかしくなっていった。
「では問3をみょうじ、解けたら板書してくれ」
「…はーい」
ああ、頭がぼんやりしてきた。でも頑張って問題解かなきゃだ。
…ん…あれ、いつもわかんないのに今日はさらさら解ける…。なんか今日頭冴えてる…?いいや、前に書いちゃえ。
「どうしたみょうじ、今日は調子が良いのか。正解だ」
「やったあ」
風邪引いてるのに…なんて皮肉なんだろう。珍しく斎藤に誉められたなまえだったが、授業の終わり頃にはふらふらしていた。ああ、…昨日雨に濡れて帰ったりしたからだ。こんなことならコンビニで傘買えばよかった。空はしくしくと泣くばかりである。