「おい、起きろ!もう一度通しをする!」
「…まだ5時…」
ライブ前夜、なまえはお悩み相談室に泊まった。否、泊まらされた。
振りの確認、歌詞の確認を夜遅くまでやらされ、正直ライブが楽しめそうにないくらい身体的にも精神的にも苦痛を抱えた一週間であった。その上ライブが始まるのは午後からだと言うのに、5時から起こされたなまえは室長をぶん殴りたい気分であった。朝早すぎてまだ天霧も不知火も出勤していない。座敷に敷いた布団の上に、風間となまえの二人きりだった。
「バカじゃないの、私寝る」
「馬鹿はお前だ馬鹿者!早く起きて練習せねばならんだろう」
「うるさい。もう私応接室で寝る」
そう言って、なまえは枕を抱えて応接室に駆け込み、すぐさま鍵を掛けて眠りについた。



「あーよく寝た」
「遅い」
「室長バカなの!?何でそんな早起きなの!?老人なの!?」
「老人を侮辱するな!」
電車内で、他の乗客の千鶴Tシャツに対する視線が痛かったのだが、二人は朝から減らず口を叩き合いながら東京ドームまで向かっていたので、それには気付かないまま到着した。
「すごい人だな」
「まだ時間あるから千鶴の楽屋行けるかな?私関係者のIDカードもらって来たんだよね」
「早く言え!」
そして二人は鬼ハゲの楽屋に入れるはずだった。のだが…。
「何故だ!!何故俺だけ入れない!!」
「IDカード2つもらえばよかったね。じゃっ、私千鶴に差し入れしてくるからっ☆」
仕方なく肩を落として風間は楽屋入り口前で待機することにした。一方のなまえは、千鶴に会うことができた。
「なまえ!来てくれてありがとう」
「みょうじじゃねえか」
千鶴の後ろから聞き慣れた声がして、振り向くと土方が立っていた。
「土方先生!?何でいるんですか?」
「雪村の欠席中の連絡と配布物を持ってきた。鬼ハゲのメンバーの中には俺の知り合いもいるから、ついでにな」
なまえは嬉しい反面、複雑であった。休日に土方先生に会えたのはいいが、先生は千鶴にわざわざ会いに来ている。仮に自分が学校を休んでも、わざわざ訪ねてきてくれたりはしないだろう。やっぱり千鶴は特別なんだろうか。
「私、今からメイクなんだ」
「えっ、見ててもいい?」
「いいけどちょっと恥ずかしいなぁ」
「じゃあ雪村、みょうじ、俺はこれで」
「あ、先生ありがとうございました」
「さようならー」
土方が退室し、千鶴のメイクは着々と進められていく。にしても睫毛バサバサだな…などとなまえは考えていた。
数分経って千鶴の方を見やったなまえは、腰が抜けそうになった。千鶴の髪型と目付きがまるで違っていたからだ。いつものさらさらポニーテールは綺麗に巻かれて、トップでおだんごになっている。いつもはまん丸なかわいい目が、今は完全に姐さん系のネコ目になり、目尻には星のラインストーン、そして目から頬にかけて黒くペイントがなされている。
「ち、千鶴…?」
「あー?何か言ったかなまえ」
「な、なんでも…ないです…」
「何だよ、はっきり言わねえとわかんねぇよ」
誰ェェェェ!!!
もう目の前の千鶴が千鶴じゃないじゃんんん!!人格変わりすぎだろおまっ!!
と思ったが、なまえは口に出せなかった。
「じゃっ、じゃあそろそろ私行くね!手振ってね!」
「おう!」
そして完全に変わり果てた千鶴を置いて楽屋を出た。外では風間がうろうろしていた。
「遅い!!!」
「ごめんごめん。あ、そういや土方先生に会ったよ」
「何っ!?何故あいつが此処に居る!?」
「千鶴に配布物を届けに来たんだって」
「おのれ土方…!」
いつもなら土方の悪口を言う室長に対し、なまえは反論をぶつけるのだが、今日は何故だか何も言う気がしなかった。先生が千鶴に会いに来たことを知ったときより、室長が千鶴を取られまいと先生の悪口を言っていることの方が嫌だった。室長なんて大体、いつも千鶴のことしか言わないし。意味わかんない。このもやもやの正体は何なんだろう。室長なんて鬼ころし鼻から飲んじゃえ。
「…室長のハゲ」



「お前らノッてるかー!!!」
ドームいっぱいに聞こえる千鶴の声に、風間は大満足だった。なまえは千鶴の歌の上手さと鬼ハゲライブのスケールに感動していた。ベースの源、ドラムの良順、タンバリンのKou☆dou、そしてボーカル兼ギターの千鶴。4人が大人気な理由がよくわかる。ベースの源という男になんとなく見覚えが有ったが、気のせいだと特には気に留めなかった。なまえは風間の厳しい指導のもと、ダンスも歌も完璧になり、十分にライブを満喫できた。
「鬼ROCK!!!」