「あ、はじめくんの言った通りだ」
「わわ!ちょっと室長!何してんの!」
剣道場にはたくさんのギャラリーがごった返している。あの鬼教師土方先生と互角に剣を振るっている、金髪でスーツの男がいると聞いて大勢の生徒が部活を中断して見に来ていた。
「おのれ土方…貴様なぞに負けて堪るか!」
「そりゃあ俺の台詞だバカザマ!!」
バシッ、バシッと竹刀のぶつかる音と、生徒の歓声で場は溢れかえっている。一部の人間は、どうしてこうなった…と唖然とするばかりである。
「風間ーがんばれー」
「ちょっと沖田先生、何で土方先生を応援しないの」
「だって土方さんうざいんだもん」
「総司、お前は全く…」
そうこうしている間にも、生徒たちはぞくぞくと集まってくる。
「うおっ!風間じゃん!」
「おお、久しぶりに見たな」
「やってるなあ!俺も筋肉が疼いてきたぜ!」
その中に、藤堂と原田、そして永倉が駆けつけた。どうやら三人共、風間を知っているようだった。
「ところでこれ、どうなってんの?」
「いやあ、僕にもそれがよく…この子なら知ってるんじゃないの?」
「おお、みょうじ。なんでまた土方さんと風間が…」
「ってか先生たち、みんな室長のこと知ってんの?」
ちょっと困ったことになったな…。当初の目的からだいぶズレている。そもそも土方先生をもっと詳しく知りたいから室長に頼んで調べてもらうはずだったのに。なんか室長と土方先生バトってるし…。しかも沖田先生だけじゃなく斎藤先生や藤堂先生たちまで室長と知り合いだったなんて。と、頭を抱えた。
その時だった。
「土方先生」
剣道場に響き渡る、凛とした声。その持ち主の方を向くと、一人の女子生徒が立っていた。つかつかと剣を握ったままの二人の間に割って入っていく。彼女の名前は雪村千鶴と言った。サイドで束ねられた髪の毛が艶々している。彼女は現役女子高生でありながら、有名ロックバンド"鬼ハゲ"のボーカルを務め、まさに人気絶頂のアイドルである。
風間はその声に聞き覚えがあったため、攻撃をぴたりとやめた。同じく土方も剣を下ろした。ちなみに風間は鬼ハゲの熱狂的なファンであった。
「…雪村、千鶴か」
土方は千鶴を庇うように肩に手を置いた。
「雪村、下がれ」
ここで一人、発狂寸前の者がいた。言わずもがななまえである。自分と同じ一生徒が、想いを寄せている土方先生に守られている光景が羨ましくて仕方ない。
「先生、稽古の時間です。試合まで時間ないんですよ」
「あっ、ああ…」
「とにかく練習の時間なので、先生達の試合を中断させてください。私闘に走る事無かれ、です」
その上、室長と土方先生の激しい戦いに割って入り、試合を止めさせ、さらに説教まで施した。
ただ者じゃない。
雪村千鶴は、しっかり者の剣道部マネージャーであった。芸能活動との並行能力などからして、完全に藤堂や永倉あたりは千鶴に頭が上がらなくなっていた。部員の体調管理や、練習などの予定を厳しく管理している。
「待て、雪村千鶴」
すると今度は、剣道場に風間の声が響いた。俯いていたなまえは、はっと顔を上げる。
「俺と共に来い」
「ちょっと…何ですかいきなり!やめてください!」
風間はその場に剣を捨てて千鶴の手を取り、猛スピードで道場を後にした。
「待て風間、雪村に何を…!」
土方は二人を追いかけようと道場の外に出ていこうとしたが、状況を把握していない原田や斎藤に質問攻めにされて身動きがとれなくなっていた。
しかしどうしてか、なまえは面白くなかった。
どうして室長が雪村さんを連れて道場から出ていったのだろうか。二人で何をしてるんだろう。そりゃ私なんかただのバイトだし?雪村さんほどかわいいだなんてとてもじゃないけど言えないし。でも…。
「何を悶々してるの」
「沖田先生」
頭の上にぽん、と手を置かれて振り向く。先生の目が楽しそうにゆらゆら揺れる。それがなまえにはやっぱり怖かった。
「別に、何でもないです」



「土方先生」
「ああ、みょうじ」
「…すみませんでした。私が室長を連れてきたばっかりに…」
土方はなまえを見た。いつもへらへらしている奴が静かだと調子が狂う。久しぶりに風間と打ち合いをして、少しストレス解消した気もする。
「いや、気にすんな。久しぶりの本気の試合だったからすっきりした。お前もバイトばっかりしてねぇで勉強しろよ」
「!…はぁい」
暗い顔から一変。なまえはにかりと笑った顔を見せた。土方もそれを見て、やれやれと笑った。二人は道場を後にし、職員室へ向かった。
一方風間は、後ろから二人を見ていた。千鶴に頼んで着メロ用に「千景さん、メールが来ています」と録音させてくれと言った所、あえなく断られ、しつこく迫ったおまけにビンタまで頂戴していた。その上、土方となまえが仲良く歩いているのだ。
「…面白くない」