高級そうなスーツに身を包み、ふうと息を吐く男―――言わずもがなこの相談室長である。誰もいない部屋で社長椅子に腰かけ、優雅にコーヒーを啜る。いい天気だ、と思った。まるで映画のワンシーンのようである。しかしその安らぎも長くは続かない。
「風間!携帯が鳴っています」
「…。何故、俺が人間風情に…」
「相談室をやると言い出したのは貴方でしょう?諦めなさい。仕事です」
「俺の仕事は、適当に話を聞くまでだ」
風間は本音を洩らしながらも、携帯を開いた。なまえからだった。
[18時頃に着くよ(^^)/]
「…。天霧、今何時だ?」
「17時58分です」



しばらくして、風間は虫の息で某駅にたどり着いた。帰宅ラッシュ時の様で、改札前にも人がゴミの様にごった返している。
「あ!やっと来た」
「…」
風間は全力疾走と烈しい憤りの為に酸欠状態であった。鬼の限界を感じたようだ。それを見たなまえは「年なんじゃない?」と思ったが言わなかった。
「大丈夫?そういえばごめーん。連絡するのすっかり忘れてて…。てへぺろ☆」
「…」
風間は全力疾(ry。
ふと、なまえが何かに気づいたように顔色を変えた。
「あ、ほら。あのおっさんだよ!うわ…。またキョロキョロしてる。どうしよう?ねぇ!」
相談主はちーさまの腕にしがみついたが、汗で湿っていたので、すぐに手放した。
「…」
風間は少し傷付いた様だ。
「とりあえず、人混みに紛れて外へ行くか…。行くぞ」
風間は復活し、事の重大さを察知した。二人は人混みを目立たない様にかき分けながら、駅の外を目指す。
「それにしても…いくらロッカー風とは言え、あんないかにもお人良しそうなおっさんがストーカーなんぞするものであろうか?」
「!目合っちゃった!!」
風間の努力虚しく、おっさんは相談主を見付けた様だ。
「こっち、来てる!」
おっさんは見る間に近づいてくる。風間もなまえも焦っている。それ以上になまえの鼻息が荒いのが若干気になったが風間はそっとしておいた。そして、一か八かの手段を取ることにした。
「…幸い人目もある、あの広場で話を聞いてみろ!」
「え!?でも…」
「何かあったらその時は…助けてやらんでもなかろう。人間は脆い、からな」
なまえからは、室長の顔はちょうど見えなかった。それでも、
「…ありがとう。絶対だよ?」



「いや〜。良かったよ。今日こそ話せて…」
「何?誰?何か用?」
相談主はおっさんの臭い的に限界だったが、堪えた。そしてあくまでも喧嘩腰であった。少ない呼吸量で一刻も早く会話を切り上げたかった。
「私は井上源三郎。鬼ハゲって知ってる?」
「は?で?」
"鬼ハゲ"とは、今ティーンズからお年寄りまで大流行のバンドである。このおっさんはベースの源といわれる男であった。なかでもヴォーカルの雪村千鶴は格別人気の現役女子高生であり、なまえと同じ高校である。ゆえになまえとしては気になるのだが、今はそれどころではない。
「まぁ良いや。はい、これ。君が電車で落としてたから渡そうとしたら、避けられるし、殴られるし…。でも女の子だから、見ず知らずの人に対してはこれ位警戒していた方がいいのかな?うん」
おっさんは頷くと、相談主にハンカチを手渡し、去っていった。それは確かに、なまえが落とした花柄のハンカチで、おっさん独特の臭いが染みついている。相談主はよろめいた。離れていた風間が近づいてきても、なまえは顔を上げなかった。
「どうした?」
「ハンカチ…ホワイトデーの土方先生からのお返しだったのに…」
「は?」
風間は聞き覚えのある名前に顔を顰めたが、偶然だと思うことにした。
「うわぁぁぁん!」
「何があった?事件解決、であろう?」
これにて少女を悩ませたストーカー事件は見事解決した。しかし、相談主がいきなり泣き出した訳が分からず、ただオロオロしていた風間にメールが来た。天霧だった。
[新しいハンカチを一緒に買いに行ったらどうですか?ww]
風間は白目をむいて、ケータイを閉じた。
「おい。いつまで泣いているつもりなのだ?」
ぽつり、ぽつりと雨が降ってくる中、風間はなまえの手をひいた。
「さっさと歩け。俺が風邪をひく」
「…うん」



相談室では、相談主の悩みが無くなった時点で相談室長と客は他人同士になる。もしかしたら、すれ違っただけの顔も思い出せない他人と同じくらいに。風間、なまえ、そして天霧は駅からの帰り道を歩いていた。
「は?」
「だから、お年玉入ってたお財布落とした☆」
「お前…」
「依頼料払えなくなっちゃった」
「ではみょうじさん、あなたには代金の代わりに働いてもらいます」
こうして財布を無くし、料金を払えなくなったみょうじなまえは、このお悩み相談室で働くことになった。ふと空を見上げると、空に橋が架かっている。
「あ、見て見て!虹が出てる」
「red,orange,yellow,green,blue,indigo,violet.偶に見ると綺麗なものだな」

「ロイジービブだね!」
相談室では、相談主の悩みが無くなった時点で相談室長と客は他人同士になる。もしかしたら、すれ違っただけの顔も思い出せない他人と同じくらいに。
しかしこれも何かの運命だ。依頼人が相談室で、働くこととなったのである。