「全く、どうして俺がこんなことを」
…あれ、室長の香りがする。夢かな…こんな所にいるはずないもんね。汗で髪の毛が頬にじっとりと貼り付く。しんどい。大分寝てた気がする。土方先生まだ帰って来ないのかな…ぼうっとしてしまって目が開かない。静まり返った保健室に、私の名前が響いた。
「なまえ」
ぎしりとベッドが鳴る音が聞こえる。きんきらきんの髪の毛が私の顔の横で揺れている。やだな…私室長とケンカしたまま飛び出て来ちゃったのに…夢で室長が私を呼んでるなんて。
たった、たった一言でもいいから…伝えればよかった。
「ごめ、な…さい」
多分もう室長と私が会うことは無いんだろうなぁ。私、相談室好きだった。怒られたらその度に拗ねて、室長と口利きたくないって何回も思ったけど。お悩み相談がふざけてるなんて、ほんとは思ったことない。室長はどんなに下らない依頼者が来ても、文句を言いながらもちゃんと対応してた。あそこには室長がいて、天霧さんがいて、不知火さんがいて…もう行くことはないけど。でも、
「あい、た…い」
溢れたそれだけが部屋に残って、なまえは瞼をゆっくり閉じた。



「…重い」
真っ赤な顔でぐったりとした馬鹿を背負って学校を出た。ちょうど後ろからおい、と声がして振り返る。
「…土方」
「みょうじ、熱に魘されて泣いてたぞ」
「ふん、知っている」
「てめぇんとこの従業員だろうが。大事にしてやれ」
「俺に指図するな」
「…全く、お前もみょうじも世話が焼けるぜ。じゃあな」
手をひらひらと振って歩いていく土方。なまえがいなければあいつと会うことも無かっただろう。風間は少しだけ笑って、相談室に向かって歩き出した。
「…重い」
「…ん、ひじ、かた…せんせえ…?」
「土方ではない!俺だ!!」
大声で叱られてぱちりと目を覚ましたなまえは、風間に負われていることに気づいて飛び上がった。
「し、しつちょ…!どうして…?」
「土方で無くて悪かったな」
風間が拗ねたようにぷいとそっぽを向く。なまえの熱い頬が、風間の頬とそっと重なった。
「ごめん、なさ…い、相談室、ふざけてるなんてゆって…」
急にひっくひっくとしゃっくり上げるなまえの瞳から涙が零れる。風間はびっくりしてなまえを見た。少し、心臓がきゅうと音を立てた。どうしようもない大馬鹿を、何だか無性に護ってやりたいと思った。
「それなら保健室で聞いた」
「え、でも私、」
「もう良い。…ところでお前、俺より土方の方が格好がいいとほざいたらしいな」
「ほんと…は…違、よ」
「ふん、」
ぎゅうと後ろから抱き締めるなまえの手に、風間の首は絞められそうになった。風間はゆっくりとほどいたその手を握る。じんわりと熱が伝わる。なまえの瞳から涙が零れて、風間の頬に落ちた。
「しつちょ、」
「何だ」
「すき、らよ」
「……帰るぞ」
「来て、くれて…うれし、よ」
好きなぞという言葉は久しぶりに聞いたな。全く……鬱陶しい。だが悪くはない。不意にふっと笑いが溢れる。なまえは汗と嬉し涙で室長のシャツを湿らせたが、今日は何も怒られなかった。
背中からすうすうと寝息が聞こえてきた頃、風間は先程の電話での土方とのやり取りを思い出していた。
「みょうじが熱出してひいひい言ってんだ。迎えに来てやってくれ」
「知らん。そいつはもう従業員クビだ」
「…さっき、みょうじはお前より俺の方が余裕でかっこいいとか言ってたぜ」
「!」
「あとお前の事を偉そうだとか、文句は言うとか、バカだとか言ってたが、」
「勝手にしろ!俺は知らん!」
「優しいし、カッコいいとこもあるんだと。ほんの少し、だがな」
「……あいつはどうしている」
「保健室で死んだように寝てやがる」
「勘違いするな。俺の方が優れていると叩き込みに行くだけだからな」
空を見上げると、来たときには降っていた雨が止んで、虹が掛かっていた。あの時と同じだが、もっと鮮やかで大きかった。残念ながら寝ているなまえは見られそうにないが。
「ロイジービブ、か」



「おい着いたぞ。起きろ」
「ん、もう…すこし」
「ベッドで寝ろ!!!」
すーかーと眠るなまえを寝かせ、布団を掛ける。寝顔が馬鹿丸出しで本当に平和である。肩が痛い。腰も痛い。やっぱり背負ったりしなければ良かった。学校と相談室を徒歩で往復はさすがにきつかった。元気になったら体重を減らせと文句を言わなければならないと心に留めておいた。
「やれやれ」
なまえの前髪をそっと梳かして、冷やしたタオルで汗を拭く。顔は林檎のように赤い。静かにしていれば案外綺麗な顔だ、と風間は思った。
「うへへ…」
眠ったまま、幸せそうにふにゃりと笑ったなまえの肩を掴んで、その唇にそっと唇を重ねた。
「…すー…」
「ふん、今日は特別だ」
「し…つちょ、…ハゲ」
「……」