幾らか月日が経ち、新撰組は京で名を馳せ、以前よりその存在は遥かに大きなものになった。
しかし倒幕派との戦いの中で、総司は労咳で倒れた。久しぶりに見た総司は痩せて、顔色は悪かった。
「ようやく……僕も、なまえちゃんに逢えるんだね」
「馬鹿を言うな、」
俺は総司の絶望的な状況を目の当たりにして、不意に忘れかけていたなまえとの会話を思い出す。
"私を追って死んじゃうなんて、馬鹿なことはしてほしくないからかな"
「……」
"だからはじめくん、総司をちゃんと見ててよ"
だが俺は何も言えなかった。こんな状況の総司に、頑張れ、生きろなどと到底言えぬ。早く総司をお前に逢わせてやりたい。
……俺は、総司の前で屈託なく笑うお前を、好きになったのだから。
「総司」
「何…?」
「次に逢ったときは、なまえと一緒に笑っていてくれ」
それだけ言い残して、総司のいる床を出た。
それが、俺の見た最後の総司だった。



「はじめくん」
「総……司?」
「久しぶり」
「っ、ああ……!」
あの頃と余り変わらない様子の総司。剣の腕も昔のまま。出逢った場所は高校。
ついに土方さんも、左之も、新八も、平助も、そして総司も揃った。
「この世界はつまらないね」
「………」
「何かが欠けてる」
総司の言葉に驚いたのは、俺も、ずっと同じことを考えていたからだと気づく。そうだ、何かが足りない。大事な、大事な何か。
その翌年、俺達はその正体に気づく。
「はじめくん!!」
平助が焦るように俺の元へくるのは別段珍しいことではないが、その日は特別だった。顔つきがどこか嬉しそうで、それでいて泣き出しそうだったからだ。
「どうした」
「みょうじ…っなまえ!!!」
みょうじなまえ。頭の中を巡る記憶に、立ち眩みがする。いつも皆一緒だった。そのうちの、1人。
あれほどまでに、愛した人。
「はじめくん、思い出したのか!?」
「ああ。なまえはどうしている」
「それが、」
あいつだけ、思い出さないんだ。平助が情けなく笑う。そんなことが信じられるか。
「土方さんに会っても、左之さんや新八っつあん、オレ、それに……」
言葉を詰まらせながら喋る平助がもどかしかった。でも、予想はついていた。
「総司でも、だめだった」
「……」
「あとは…はじめくんしか居ないんだ、なまえに記憶を取り戻させられるかもしれない人」
彼女は、約束を覚えているのだろうか。次は、俺にもチャンスはあるのだろうか。
俺は、次は総司に勝てるのだろうか。



「僕、もういいんだ」
頬杖をついた総司が、ぽつりとこぼす。
「何がだ」
「なまえちゃんだよ」
あの子は、何も知らないまま、幸せに暮らせばいい。そう言って慈しむように笑う総司を、俺は見ていられなかった。
「総司らしくもないを言うのだな」
「悔しいけど、土方さんに言われたんだ。今は昔と違うんだから、重ねるな……って」
それは無理だ。俺達は皆記憶を重ねている。土方さんだってきっと分かっている。けれど、あの方は優しいから、なまえに二度と辛い想いをさせたくないのだろう。
しかし、平助の泣き出しそうな表情に、総司の痛々しい微笑み。なまえが居る故に、皆が辛い想いをする。これは彼女の本意ではないはずだ。
なまえに昔の記憶を取り戻させることが、あの約束を果たせなかった俺のすべきことではないのか。踞る総司を置いて、俺はその場を去った。



「あの、」
「なまえ」
「どうして……私の名前」
「本当に覚えていないのか」
なまえ。約束を守れなくて済まない。お前の言葉を伝えることも、総司を引き留めてやることも出来なかった。でも分かってほしい。あいつは生き抜いた。そして今、お前の近くにいる。
「お前は総司と約束したのでは無かったのか」
「へっ…」
風が大きく吹いた。彼女の掠れた声が、ようやく俺にも届く。きっと、総司の言葉を思い出したのだろう。
「っ私も好きだよ!総司が……総司が好きだよ…」
「総司はきっと屋上にいる」
「はじめくん、ありがとう!思い出させてくれて、私に話してくれて!!」
彼女の去っていく姿を、ずっと見ていた。これで良い。
結局、総司には勝てそうにない。この世界で、二人は結ばれて、一緒に歩いて行くのだろう。
桜は散るばかりで少し寂しい気もしたが、それでも気分は悪くなかった。走ってくる平助が、手を振っている。それにそっと、手を振り返した。



***130826***