爽やかな朝。幹部が集まる会議中だというのに、一向に静かになる気配がない総司となまえの二人組。
土方さんや左之達は、連日の夜間巡察や徹夜で疲弊しており、先ほどから黙り込んでいる。二人に皆が振り回されるのは日常茶飯事。俺はそんないつもと変わらぬ風景に顔をしかめながら言った。
「おい、総司、なまえ。今は会議中だ。場を弁えろ」
「わ、はじめくん怖い」
「なまえちゃん、僕の胸に飛び込んでおいで」
「やだ、それならはじめくんのがいい」
「それどういうこと。もしかして照れてるんでしょ?」
「あんたたちは…!」
その場の隊士の疲労をどんどんと酷くする二人に、周りは皆着いていけない。それは俺も同じだ。
その時、なまえがあっと声を上げる。
「そろそろ巡察行かなきゃ」
「えっ、もう?」
「総司、もし私が今から攘夷志士に討たれたら…その時は生まれ変わって桜の下で会おうね」
「なまえちゃん…そんなこと言わないでよ…!」
結局二人のせいで少しも話し合いができなかった。それに対して、黙っていた土方さんがついに怒鳴る。
「てめぇらいつまで下らねえ茶番劇やってんだ!なまえはとっとと巡察行ってこい!」
「はーい」
飄々とした足取りでなまえが出ていき、そのあとに総司が「僕も着いていく」言って出ていった。そして再び土方さんの怒号が響いた。
「ふざけんな総司!!!」



夜、風呂を終えて自室へ帰っていると、縁側になまえの姿があった。珍しいこともあるものだ、隣に総司がいない。
「あ、はじめくん」
「なまえ。…こんなところでどうかしたのか」
なまえの横に腰を下ろす。彼女の髪の毛が風で揺れた。
「夜桜がね、綺麗だなあって」
桜は吹かれて、どんどんとその花びらを落としていく。もうじき、春も終わるのか。
「……あのさ」
「何だ」
小さくなまえが囁くように俺に言った。
「いつか、私が本当にいなくなったら」
総司は、頑張って生きてくれるかな。ぽつりと溢れた言葉に、何故か哀しみが滲んでいた。
「……何故、お前はそんなことを心配する」
俺がそう問うと、彼女は笑って言った。
「私を追って死んじゃうなんて、馬鹿なことはしてほしくないからかな」
だからはじめくん、総司をちゃんと見ててよ。月明かりがふわりとなまえを照らす。
どうして今、俺に、そんなことを頼むのだ。まるで消えそうな彼女の姿に、心臓が切なさを覚える。それを振り切って声を出した。お前はいなくなる気なのか。そんなことを考える自分の声が、心なしか震えた気がした。
「断る」
「えっ、何で」
「総司が心配ならば、お前が総司より先に死ななければいい」
何故好いた女の頼みで、俺が恋敵の面倒を見なければならない。きっと、どうしたって俺の想いは彼女に届かないのだろう。その理由を考えたところで分かりもしないことだ。
「そうだね」
「……」
「私生きる」
「……ああ」
「総司は私がいないと駄目だから」
それはお前にも同じことが言えるのではないか。総司はお前でないと駄目で、お前も総司でなければ駄目なはずだ。
「はじめくん、ごめんね」
「お前は、狡いな」
「ふふ」
きっと彼女は俺の気持ちに気付いているのだろう。分かっていて、頼むのだろう。見上げた先の桜は、散り続けるばかりだ。でも夜桜より、彼女の潤んだ瞳のほうが、遥かに俺の心を揺さぶった。



桜が散り終らない間に、突然なまえは逝った。
夜間巡察の間に、気分が悪いと言い出した隊士が、彼女を路地裏に連れ込んだ。その隊士は実は間者で、彼女は独りで隠れていた何人もの敵と戦ったあげく、殺された。その日に限って総司は、咳が止まらず、副長からなまえの同行を許可されていなかった。
「僕が、僕が……なまえちゃんを死なせたんだ」
「総司、」
「ねえ、どうやったらあの子は戻ってくるのさ、ねえ、はじめくん……教えてよ!!」
「総司!!!」
彼女は自らの死期を悟っていたのかも知れない。……などと考える程に、俺も冷静さを欠いていた。況んや、総司は尚更。
あの夜、帰ってこないなまえを幹部全員で探しに行ったとき、一番最初になまえを見つけたのは総司だった。
その時、俺は最後まで総司に勝てなかったのだと、思い知らされたようだった。
「さよなら、そう…じ」
「待って、待ってよ!」
赤子のように泣きわめく総司に、土方さんは何も言わなかった。総司が血濡れた彼女の手を握った。俺は同じようにできなかった。
「どうして…君はいつも僕を置いて行くの」
「しあわせ、に…なって……たまに、わたしを…おもい、だして…」
「僕は君を忘れたりしない!忘れる訳がない!だから…」
「あり…が、と」
今、地面に崩れて泣いているのは、紛れもない新撰組の一番組組長なのだ。誰かに見られたりしたら事なのだ。だが皆黙って、泣き止まない総司と、動かないなまえを、脱け殻のように見守っていた。桜が舞う。それが二人の上に落ちていった。
左之はずっと下を向いていた。新八は目を瞑って歯を食いしばっていた。平助は声を殺して静かに泣いていた。土方さんはずっと空を見上げていた。
俺は――――。