夢を見た。飛び起きてみると汗だくで、頬には涙の粒が残っていた。真っ暗な中、自分の息をする音だけが残る。ぼうっと天井を眺めて、夢の中の出来事を思い出す。 “総司” “なまえちゃん” そう呼び合ったのは、紛れもない私と、沖田先輩だった。見たことのない着物で、いつもと違う髪型で、知らないはずなのにどこか知っている全て。 私は何か忘れている気がしてならなかった。まるまるぽっかりと、心に空白があることに気づいたせいで、余計顕著になったのだろう。私の頭の中でリピートされる会話や、平ちゃんに対して抱いた意識。既視感。これが偶然とは思えなかった。朝陽が照らす部屋の中で、私は一人、得体の知れない震えと戦っていた。 平ちゃんと話した時以来、先輩には会っていない。校内を歩いていても会わない。わざと避けられているのかも知れない。先輩は、この間平ちゃんが私に何か言おうとしたときに、彼を止めた。先輩たちは何か知っているのかな。私のことも?そうだとしたらどうして何も言ってくれないのだろう。 …総司先輩の教室に行ってみようかな。それで全てを聞く。私達どこかで会ったことがありましたか、と聞くのがいいのか、この記憶はなんですか、とか、聞き方はいろいろあるだろうけど。 三年生の教室は、いつもの自分たちの教室よりも静かだった。勉強している人、本を読んでいる人、集まって話をしている人。その中に総司先輩はいなかった。引き返そうとして振り向くと教室の入り口に、一人、男子の先輩が立っていた。 蒼い目だった。じっと私を見つめている。 「すみません、」 「………」 通りたいのに通れない。私は教室の外に出たいだけなんだけど…。そう思った瞬間、手を取られる。 「!ちょ、え?」 「お前に話がある」 教室の中が少しざわついた。なんか勘違いされてそうだ…。そうして手を引かれて連れて来られたのは、私が総司先輩と初めて会った場所だった。桜はもうほぼ散って、少し花が残っているだけだった。目の前の人が怒っているのか、そうじゃないのか。表情を読み取るのは難しかった。 「あの、」 「なまえ」 「どうして……私の名前」 「本当に覚えていないのか」 さわさわと靡く、紫がかった、少し癖のある髪の毛。その上に花びらが落ちた。 「お前は総司と約束したのでは無かったのか」 「へっ…」 「次に会うときは」 どくん、心臓が鳴る。 「桜の下で」 「…っ」 「俺たちは、新撰組の隊士として戦った仲間だ。……覚えて、いるか」 新撰組。局長が近藤さんで、副長が土方さん…。あれ…土方さん? 頭のなかを輪のようにぐるぐる廻り続ける記憶、言葉、風景、感情…。 「はじめ、くん…?」 「……ああ」 “#総司、もし私が今から攘夷志士に討たれたら…その時は生まれ変わって桜の下で会おうね” “なまえちゃん…そんなこと言わないでよ…!” “てめぇらいつまで下らねえ茶番劇やってんだ!なまえはとっとと巡察行ってこい!” “はーい” これは、誰の記憶?体が震えてくる。不意に涙が落ちる。 “なまえちゃん” 「総司……?」 「俺達は、皆…あの頃の生まれ変わりだ」 屯所。着物屋。茶店。島原。土手。橋の上。江戸に生きた場所が頭を駆け抜ける。その場所には必ず総司と一緒で。私は総司にたくさん、たくさん愛してもらった。 “好きだよ” 「っ私も好きだよ!総司が……総司が好きだよ…」 「総司はきっと屋上にいる」 「はじめくん、ありがとう!思い出させてくれて、私に話してくれて!!」 屋上で横になって空を眺めた。ゆるゆると進んでいく時に任せて目を瞑る。同時に、ドアがばたんと大きく音を立てた。 「なまえ、ちゃん」 「っ総司!!」 目の前に現れた女の子は紛れもないなまえちゃんであるはずなのに。昔の記憶が甦る。結った髪の毛、着物。それが今の姿と重なって…。 「約束、忘れてて…ごべんなざい」 大粒の涙を溢して走ってくる彼女を受け止めると、ふわりと桜の香りがした。あの頃と同じ、優しかった。やっと思い出したんだね。狡いなあ、もう。いつも僕ばっかり好きになって、置いていかれて。 でも、漸く追い付けたのかな。目の端がじわりと滲む。なまえちゃんに見られたら、情けないと言われてきっと怒られる。だけど今だけなら……許してくれるかな。 「約束、果たせたね」 そう言った僕の声が震えていたのを知ってか知らずか、なまえちゃんは僕の背中を叩いて泣いた。 /もう無くさない |