「平助、今日お前一人で掃除なー」
「冗談じゃねぇよ新八っつぁん!オレ補習あんのにさぁ!」
「問答無用!」
去年、高1だったときの担任は顔馴染みの新八っつぁんだった。必然的にオレはちょっかいを掛けられ、入学してからあっという間に、所謂いじられキャラに認定されてしまった。
「平助ダサー」
「るせーよ!ったく何なんだよー」
「まあまあ、怒ってると身長伸びないよ」
とにかく男女関係なしにいじられ、それが嫌で嫌で仕方ないって訳じゃなかったけど、でも夢見てたような高校デビューは実現しなかったし、彼女もできなかった。ここ重要。
しかしいじられキャラとは常に皆の中央で恥をかいたり、時に芸人ばりのリアクションを為さなければならない。オレは正直、そんな毎日に疲れ果てていた。
そんなある日のこと。
放課後の廊下で新八っつぁんと、知らない女子が話していた。
「みょうじも大変だなぁ…毎日毎日ストレス溜まるだろ!」
「そうなんです……」
あの新八っつぁんが心から気の毒そうに話し掛けていた相手、それがみょうじなまえだった。
名前を聞いて、彼女が隣のクラスの国語係であることはすぐに分かった。毎日土方先生の放送によって呼び出しを喰らい、廊下を半泣きで爆走することで有名な彼女の苦労は、オレの目からも明らかで。
「頑張れよ、俺からも土方さんに言っとくからな!」
「永倉せんせえええ…ありがとうございます…!」
そう言い残して走り去っていく新八っつぁんを見届けたみょうじは、ぼすっと音を立てて廊下の椅子に座り込んだ。余程疲れているのかも知れない。無理はないよなぁ。他のクラスや学年の雑用までやらされてるみたいだし。
そんなみょうじを見ていると、今までオレがいじられキャラだとか、皆の前で恥ずかしい思いをするだとか、そんなことでうじうじ言ってるのが情けなく思えてきた。あの鬼みたいな土方先生にこきつかわれながら、不登校にならないその辛抱強さ。最早Mなのかと疑いたくなる。いや、そんなこと言えるわけないけど。
オレは、一歩踏み出した。みょうじに近づく。
「あの、さ」
「え…私…ですか?」
「オレ、藤堂平助。お前のことすっげえ尊敬してる。だから、落ち込むなよ」
「へ?」
かくして(?)オレ達はクラスこそ違えど、仲良くなった。この後、新学期にてクラス替えで同じ土方先生のクラスになったときは、手を取り合ってお互いを励ました。こいつとなら頑張れるかも!と、底知れない自信を抱いた瞬間だった。


***



「平助ェ!!寝てんじゃねえ!!!」
「ゴフゥゥウ!!!」
昨日の徹夜のド●クエがいけなかったのか、うっかり古文の時間に爆睡していたオレは、自分が生死の狭間に立たされていることで眠気は吹き飛んだ。拳骨痛え!!
「うわああああスミマセンごめんなさいごめんなさい生まれてきてスミマセン!!!」
「てめぇは高2にもなって俺の授業で寝やがって…」
先生は思いっきり舌打ちをして、黒板の方に向き直った。ほっと息を吐く。どうして授業中に寝ただけで命が危うくなるんだ…。隣で千が呆れたように、こめかみを押さえているのが目の端に映る。
そういえば昨日オレの家に泊まって一緒に徹夜でドラ●エをしたなまえはどうなっているのか。さりげなく横を見る。
………寝てる!!!うおおおおお!!!
やべえって!!!やっぱりとは思ったけど…!
千もその事に気づいていたのか、やばいわよ、と耳打ちしてくる。しかしオレ達3人は一番前の席だ。もしなまえを起こしているのがバレたら……。
「で、次の訳を鈴鹿」
「…はい」
うわああああ千の次に当たるのオレじゃねぇか……何でこのタイミングで!?そしてオレの次はなまえじゃねぇか!!
千の完璧な現代語訳が耳に入るはずもなく、なまえを起こそうと慌てるが、すぴーと寝息が微かに聞こえるだけで、当の本人は目覚めそうにない。
オレは先生に当てられる前に、一か八かの強行手段に出ることにした。
「せ、先生!」
「あ?何だ」
土方先生がチョークを置いてこっちを向く。先生がなまえの方を見ないように必死で祈る。
「前のページの"心の鬼に思して入りたまひぬれば"のとこが分かんなくて!!」
「……仕方ねぇな」
先生が再び黒板に文字を書いている間になまえの肩を揺する。
「(おい、なまえ、)」
「ん、ん…」
「(起きろ!頼むから起きて!!)」
「もう、うるさいなあ!!眠いんだってば!!!」



……終わった。
なまえの大きな寝言が先生に聞こえないはずがない。鬼のような形相で振り向いた先生は、声の主を一瞬で判断したようだった。チョークを置き、つかつかと歩いてなまえの横に立つ。低い声で耳元に小さく囁く。
「俺が目ぇ覚ましてやるよ」
俯いていたなまえがゆっくり顔を上げた先で、土方先生と視線がかち合った。
「よお。どうだ目覚めは?」
先生のニタァっと笑った顔は鬼も顔負けの表情で。かなり身震いした。
「へ、あ……」
状況を悟ったらしい、真っ赤な顔で涙目状態のなまえの耳元で、もう一度、言葉が紡がれた。
「放課後、国語準備室」


不憫でならない


今日もみんな幸せに生きられますように。